シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です 文章を書くのを仕事にするのが目標です。夢は世界一周です

#142 グループE第1節 ポーランド-スロバキア

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 スロバキアが青の、ポーランドは白のファーストキットを着た。スロバキアの青いユニフォームは一見ブラシで適当につけたようなカモフラ柄に見えるけれど、実は国内の山地をイメージしたデザインらしい。正直、こういうユニフォームのデザインって紋章やマークでないと何がなんやら分かりづらいものが多い。オーストリア代表のファーストもウィーン分離派に着想を得たデザインらしいのだけど、あまり共感を得られない(知っている人には納得のグラフィックなのかもしれない)。それよりもライオンが透かしで入っているカメルーン代表や、クリミア半島を含む国土の地図をデザインしたウクライナ代表のユニフォームの方が分かりやすかったりする。

 大会前に各チームのユニフォームを見たときは何とも思わなかったけれど、スロバキアの青いユニフォームは「攻めた」デザインになっていてめちゃくちゃかっこいい。ナイキのスウッシュと、サッカー協会のマークと国章が胸に並んでいて、斬新なパターンと合わさってワイルドだ。私服では眼鏡をかけたりパーカーを着たりとおしゃれで知的なハムシークも、このユニフォームを着るとやんちゃな感じに見えた。ちなみにスロバキアの国章の下にある青いモコモコはスロバキアの象徴でもある3つの山を表すらしい。どんだけ山がちな国なんだよスロバキア

 対照的にポーランドはクラシックなスタイル。フォントの番号まで古めかしくておしゃれだった。襟が国旗と同じ白赤二色になっている。胸の中央には赤い盾と王冠を戴いた白い鷲の国章があって、シンプルだけどものすごくかっこいい。赤白を基調とするクラブにいることもあって、ベドナレクとレヴァンドフスキがよく似合っていた。自分が着ても微妙かもしれないけど、屈強なポーランド人が着るとかっこいい。私的にはナイキの品評会のような試合となった。

 

 2018年のワールドカップでも思ったけれどポーランドは国際大会であまりいい試合をしないイメージがある。レヴァンドフスキ以外はあまり動きがよくなかった。ミリク、ピョンテクといったフォワードが怪我していなければそんなことなかったのかもそれない。ちなみにポーランドゴールキーパーシュチェスニーとファビアンスキは2人とも元アーセナルの選手だ。

 地力で負けるスロバキアは純粋なフォワードを起用せず、ドゥダとハムシークというプレイメーカーをトップにおいて、カウンターを狙うスタイルだった。これが功を奏し、前半はスロバキアペース。18分に簡単に先制した。ポーランドの軽い守備を突破したロベルト・マクがシュートを撃って、それがグリクにあたってコースが変わり、ポストからの跳ね返りがシュチェスニーに当たってゴール。一応オウンゴールという記録らしいけれど、シュチェスニーは何もできなかっただろうし、とにかくマクに対してベレシンスキとヨジュビアクが軽すぎた。

 

 これを機にポーランドがポゼッションを取るのだけど、ゆったりした攻撃で得点の気配はなく、むしろスロバキアのカウンターの方が点が入りそうだった。ドゥダとハムシークがうまく時間を稼ぐ間に両サイドのマクやハラスリーンが上がって厚みのある攻撃を作っていた。

 自分としては、クツカ、ハムシークというセリエAをよく観ていた頃の選手が活躍していてうれしかった。クツカはジェノアを経てミランに来てくれた選手。低迷期のロッソネロを支えてくれたけれど2年でトラブゾンスポルに放出されてしまった。今はパルマにいるらしい。髪型とシャツとタトゥーのせいでワイルドな感じで、この試合も走り回っていた。ハムシークのモヒカンは年々短くなっていて、でもいつものように似合っていた。カバーニラベッシとともにナポリで「3テノール」を構成してチャンピオンズリーグでベスト16に入った頃から知っている彼だけど、気づけば彼ももう33歳。自分も年を取ったなあと思ってしまう。

 アナウンサーは、チャンスかどうかに関わらずレヴァンドフスキにボールが入るととにかく叫ぶと決めているらしく、時々ボリュームを下げることを余儀なくされた。レヴァンドフスキにボールが入った時に追い越す動きがなかったし、サイドの守備を固められていい形でクロスを上げられなかったポーランドは前半に見せ場を作れなかった。

 

 後半、ハーフタイムに闘魂注入されたであろうポーランドが攻勢に出て、1分も経たないうちにリネッティがゴールを決めた。画面の右上に時間の表示が出る前に決まったので相当早くて、多分30秒くらい。文字通り目が覚めるようなプレーだった。

 ボール保持時のポーランドは左サイドのリブスを上げてベレシンスキ、グリク、ベドナレクの3バックになっていた。クリホヴィアクがボールを回してリネッティやクリヒが高い位置をとるようになっていて60分まではポーランドペースだった。

 これで試合が面白くなるぞと思っていた頃にクリホヴィアクが2枚目のカードで退場してしまった。クリホヴィアクは納得がいかない様子だったけれど、相手を踏んでいる2枚目はともかく、1枚目はファールかさえ微妙だったのでちょっとかわいそうだった。これでスロバキアが息を吹き返していく。前線の誰かが同じ位置を取るのではなくて、ハラスリーンとドゥダがポジションを交代したり、センターハーフのフロマダが高い位置をとったり、色々やっていた。スロバキアペースだなと思っているところにシュクルニアルがコーナーキックのこぼれ球を決めてゴール。そのコーナーキックは、クツカがドリブルで中央突破を試みて得たものだった。

 試合はこのまま終わった。最後同点を狙うポーランドがパワープレーに出たり、スロバキアが故障や交代で時間を使ったりとまあよく見る展開だった。スロバキアのキーパーのドゥブラフカはお気に入りの選手で、彼がレヴァンドフスキのシュートをどれだけセーブするか楽しみにしていたのだけど、結局ポーランドは枠内シュートが3本だけだった。レヴァンドフスキに決定機はなくて、センターバックのベドナレクの方がエースよりもたくさんシュートを打つような有様だった。

 

 両チームとも1年以内に監督を交代している。シュテファン・タルコビッチ氏をディレクターから昇格させたスロバキア代表と、外部からポルトガル人のパウロ・ソウザ監督を招いたポーランド。チームとしてのまとまりが違うように思った。もちろん1試合見ただけじゃわからないけど。スロバキアと比べるとポーランドは戦い方が定まっていないように見えた。

 というわけでMVPはタルコビッチ監督。裏MVPはクリホヴィアクにする。あのカードはかわいそうだ。あとスロバキア代表は顔がかっこいい選手が多い。よく見るとエディ・レッドメインに似ていると(私の中で)噂のハムシーク、ちょっとチャニング・テイタム感のあるクツカ、フボチャン、フロマダといった初めて知った選手もイケメンで、もしかしたら出場24か国の中で一番眼福なチームかもしれない。異論は、異論はたくさんあると思います。

 

 

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#141 グループA第1節ウェールズ-スイス  

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 会場はバクーだった。そうあのバクー。アーセナルチェルシーにボコボコにされた18-19ヨーロッパリーグファイナルの舞台。アゼルバイジャンでの試合ということでアルメニア人のムヒタリアンが入国できなかった決勝戦ペトル・チェフはこの試合を最後に現役を引退し、アーセナルのユニフォームを、ヘッドギアを外した後で脱ぎ、以降チェルシーのスタッフとして働くことになる。

 スポーツを利用して政府の評判を上げるスポーツ・ウォッシングの象徴とも言えそうなバクー・オリンピック・スタジアムは、快晴の下、現実のものではないみたいにきれいだった。アナウンサーも解説の人も「いいスタジアムですねえ」を連発して、なんだか複雑な気分だった。立派だけどピッチと座席の距離が遠かったりして「いいスタジアム」とはあまり思わない。

 あの日のアーセナルにいたジャカが今回もスイス代表としてバクーの嘘みたいに美しいスタジアムの真ん中にいた。スタジアムに向かうバスや、その前の飛行機や空港でやっぱり負けた試合のことを思い出したりするのだろうか。ウェールズ代表の10ラムジーも当時はまだアーセナルの選手だったのだけれど怪我のせいで決勝戦は出られなかった。調べたらウェールズベンチに座っているイーサン・アンパドゥも18-19EL決勝でチェルシー側のベンチに座っていたみたいだ。

 試合開始時にキャプテン同士ということでジャカとベイルが握手しているのを見て、なんだか泣きそうになった。ジャカはアーセナルを退団してモウリーニョが監督に就任するローマに移籍するという噂があって、報道を見るとどうも確実みたいだ。なので来期のアーセナルの中盤にアルバニア系(コソボ系)スイス人のグラニット・ジャカはいないかもしれない。部屋のWi-Fiが弱くて、映像の何度もぼやけたけれど、ジャカがボールを持ってスルーパスを狙う姿はこの5年何度も見てきたので、すぐにわかった。ベイルも引退するかもしれないみたいなことが言われているし、前シーズンはトッテナムでプレーしていたとはいえローンの身だから、夏のバカンスの後もロンドンにはいないかもしれない。こうやっていろんなことが変わっていくんだろうな。この試合のラムジーEURO2016のような輝きを持ててなかった。

 

 試合前の予想は1-1の引き分け。だけどどんな選手がいるのか知らないし、スイスに対してウェールズがどこまでやれるのかわからなかった。案の定、変な試合だった。

 ポゼッションはスイスで、前半のほとんどはスイスボールだった。ベンフィカのエースセフェロビッチがシュートをことごとく外していた印象。ウェールズはカウンター狙いでマンチェスターユナイテッドのジェームスが数回抜け出して、2メートル近いムーアめがけてクロスを上げていた。

 

 30分、スピードに乗ったダン・ジェームズをスイスのディフェンダー、ファビアン・シェアがたまらず倒してこの試合最初のイエローカードニューカッスルユナイテッドのファビアン・シェアは好きな選手なんだけど、なんとなくいつもついてない気がする。途中出場からイエローを2枚もらって退場したり、交代枠がなくなった状態で怪我をして運び出されたりとかそういった感じである。今日も後半の頭にはムーアのファウルを受けて倒れたりしていた。長髪の時期も好きだったけれど短髪にしている最近の髪型もかっこいい。

 

 それからこの試合は隠れた名ゴールキーパー対決でもあった。レスターシティーのダニー・ウォードとメンヘングラートバッハのヤン・ゾマー。絶対的な守護神カスパー・シュマイケルの陰でセカンドキーパーとして修行僧的キャリアを送るウォードと、ブンデスリーガ200試合以上に出場し続けているゾマー。ムーアのヘディングを防いだゾマーもすごかったし、ウォードも後半シュートを何本も止めていた。気のせいかもしれないけどウォードのフィードキックがシュマイケルと似ていて感動した。

 

 49分にコーナーキックをエンボロがヘディングで沈めスイスが先制点。カウンターの応酬が続いたあとなんだかんだあって、74分とかにショートコーナーからウェールズの巨人ムーアが決めて1-1。その後お互いに見せ場は作り、セフェロビッチとの交代で入ったガヴラノヴィッチがシュートを決めるもオフサイドで取り消しになるなど、見ていて楽しい試合だった。両チームともいいチームで今後の戦いが気になる。スイスは先制したのだからここで勝ち点3を取って次節のイタリア戦に臨みたかっただろうけれど、勝ちきれなかった。ポゼッションは65%、シュート数も相手の2倍の18本放ったのに決めきれなかった。逆にウェールズは次のトルコ戦に勝てばグループリーグの勝ち上がりが見えてくるだろう。

 

 個人的MVPを上げるならやっぱろエンボロ。後半の立ち上がりにドリブルでスルスルと抜け出していくのはすごいかっこよかった。間違えてアーセナルに来てくれないかな。ジャカはボールは持てていたけれどウェールズの帰陣が速くて決定的なパスはあまり出せていなかったように思う。次のイタリア戦、その次のトルコ戦でジャカが輝く試合が見たい。

 裏MVPみたいなのがあるとしたらセフェロビッチ。前半のどのシュートも難しいものばかりだったけれどどれか一つでも入っていたら全然違う試合になっただろうと思う、エースが決めればチームも乗ってくるだろう。セフェロビッチ、同じ左利きの長身ストライカーということでアタランタのイリチッチと時々混同してしまう。髪型も似ているし。イリチッチはスロベニア代表なのでEURO2020には出ません。スロベニアスロバキアも紛らわしいけど、オブラクハンダノビッチというGK大渋滞チームがスロベニア、ハムシークとクツカを中心にEUROに進んできたのがスロバキアです。お間違えなきよう。落ち目のミランで奮闘してくれたクツカと、結局ビッグクラブには行かずナポリにとどまり続けたハムシクの姿を見られるグループEが楽しみです。

 

 

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#140 EURO2020開幕

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 わお。もうEUEOが開幕するのか。この前まで5月病について友達と話していたというのに。 

 この一か月ずっと精神的につらくて、寝たり起きたり食べたりが生活の中心だった。働きたくなくて、寝てラジオを聴いて、時々思いついたように本を読んだ。

 中国では「寝そべり族」という最低限の生活をできればそれでいいという人たちがいるみたいである。最近読んだネット記事にあった。なんというかとてもシンパシーを感じる。だって色々不条理だと思うもの、この現代社会。はっきり言って資本主義経済が転がり続ける限り気候変動の問題は解決されないだろうと思う。それから東京オリンピックのこと。人の命をそっちのけにした商業主義は、もはやアスリートファーストでもなんでもないし、聖火リレーのランナーを先導するコカ・コーラの車の列の映像を見ると、近代オリンピックはとうとう失敗したのだろうなんて思ってしまった。ニュースで見るIOCの人たちの顔は正直もう守銭奴にしか見えないし、この先の人生、私はもう夏季オリンピックを楽しむことはできないだろうと思う。悲しいけれど。

 なんというかスポーツの意味とか意義とか、そういうのを考えないといけない時期なのだろうと思う。「開催せざるをえない」とか言わず、もっとオープンに議論してくれよって思う。

 EURO2020が今日開幕するけれど、フットボールはどうなんだろう。日本ではwowowでしか放送されないけれど、これもお金なんだろうな。ちょっと悲しい。4月にスーパーリーグ構想が出て、頓挫したけれど、なんというかこれからスポーツを考える時はお金のことも考えないといけないのだろうと思う。昔みたいに無邪気に深夜の地上波放送を見る、なんてことはもうないのだろう。テレビの時代が終わっていよいよサブスクの時代という感じだ。

 オリンピックにはもう期待しないし、二度とときめいたりしないだろうけれど、幸いなことにフットボールはまだ私の味方だ。去年も一昨年も辛いときにアーセナルの試合を観て救われていた。

 

 スタディオ・オリンピコでの開幕戦。昔、BS12チャンネルでACミラン・チャンネルで毎週テレビにかじりついてミランの試合を観ていた頃がなつかしい。当時のローマにはトッティデロッシがバリバリの主力でいたし、右サイドバックのタッディが好きだった。のちにプレミアリーグばかり見るようになると、フットボール専用に作られていないスタディオ・オリンピコは、ゴール裏がピッチから遠いと感じてしまう。国によってスタジアムのデザインは全然違って、見ていると面白い。

 

 開幕セレモニーでちらりとネスタトッティが出てきて、うれしかった、昔セリエAを見ていたころ現役だった選手がもう引退していたり監督になっていたりして、自分も年をとったなあと思う。私が最初に見たEURO2012ディナターレカッサーノ、それからバロテッリが大活躍した大会だった。そのころのイタリア代表で今大会も残っているのはシリグ、ボヌッチキエッリーニしかいない。シリグはともかくディフェンスラインでずっと第一線で活躍しているボヌッチキエッリーニはすごい。バロテッリエルシャーラウィジョビンコといった選手がもうアッズーリにいないのは少し悲しい。

 

 試合前の予想は3-1でイタリアの勝利。

 前半20分ぐらいにコーナーキックからのヘディングでボヌッチが決めて先制。前半終了間際にカウンターからユルマズのシュートでトルコが1点を返すのだけど、後半15分ぐらいにインシーニェが獲得したPKジョルジーニョが決めて2-1、最後に途中出場のキエーザ、あるいはベロッティあたりが決めて3-1。どうだろ。当たるといいな。

 

 開会式でトゥーランドットが流れてきてびっくりした。やっぱり2006年のトリノオリンピックを思い出してしまう。三大テノールパヴァロッティの口パクと金メダルを獲った荒川静香のフリーの演技。大学2年生の時に受けたオペラの授業の記憶が正しければ中国が舞台の物語だったはずなので、セレモニーで歌われるたびに少しだけ違和感を感じてしまう。でも素晴らしい音楽。トリノオリンピックの後はよく口ずさんでいたなあ。当時私は9歳で入院しているときだった。

 

 COVID-19の影響でトルコからイタリアへの入国は認められていないらしい。それなら会場はイタリア一色で、トルコサポーターは少ないのかなと思ったけれど、元々イタリアに住んでいるトルコ人のために3000枚のチケットが用意されたらしい。そんなことをアナウンサーが言っていた。一応イタリアがホームなのだろうけれど、イタリア代表はなぜかセカンドユニフォームだった。アッズーリはいつもユニフォームがかっこよくて、今大会も24チームの中では別格だと思う。ほかにいいなと思ったのはスペインの赤いユニフォームとドイツの黒いセカンドキット。フランスの白いセカンドユニフォームもいいなと思っていたけれど、体操服みたいという意見を見てしまってからは体操服にしか見えなくなってしまった。

 

 昔見ていた頃は若手だった選手が、代表チームの主力になっていて年月を感じた。オープニングシュートを打ったインモービレはもう31歳らしい。びっくりした。ルーキーの頃、若干19歳でミラン相手に4得点し、本田圭佑のデビューを霞める活躍をしたベラルディももう26歳らしい。毎年移籍市場ではビッグクラブに行くと思われてきたけど、依然としてプロビンチャのクラブ、サッスオーロにい続けている。20/21シーズンは17ゴールも決めたらしい。サッスオーロにはミランの期待の若手だったロカテッリもいて、彼ももう23歳。着実に成長し、アッズーリの開幕戦でスタメンに選ばれている。

 

 前半は点は入らなかった。20分ぐらいにコーナーキックからキエッリーニのヘディングが惜しかったけれど、そのヘディングシュートと、その前の18分にインシーニェのフリーのシュート以外は得点のにおいはしなかった。トルコはペナルティエリアバイタルエリアを人数をかけて固めていた。デミラルとソユンチュの両センターバックを中心に集中力が高く、前半を見ただけでは0-0もありえそうだなと思った。

 後半の立ち上がり、先制点は意外な形だった。ベラルディが利き足とは逆の右足であげたクロスがデミラルに当たってオウンゴール。結局これですべてが決まってしまった。流動的に動く前線の3人も、トルコがカウンターに入る前にきっちりボールを回収できる中盤も、チームとして完成されているという感じだった。

 点をとらないといけないトルコが前に出てきて、試合がオープンな展開になるのだろうと思ったけれど、ウンデルもユルマズもほとんど画面に映らなかった。チームとして前にでるのか、出ないのかがはっきりせず、非保持時のプレスがゆるくなった間に2失点して、試合は終了。インモービレが嬉しそうにしていたのがよかった。観ているこちらも明るい気分になったし2点目のインシーニェのワンタッチゴールも美しかった。

 73分にロカテッリに変えてクリスタンテが入った。彼もミラン期待の若手だった選手だ。なんというかミランは若手にチャンスを与えずに簡単に移籍させるような気がしてならない。22歳にしてイタリア代表の絶対的守護神になったドンナルンマもミランを離れることが決まっているし。今年のミランイブラヒモヴィッチがいてようやく2位に入ったけれどイブラがいなくなったらどうなるのだろう。また中位に沈んだりしたらいやだな。

 COVID-19のこともあって、今大会は5人まで後退が認められるらしい。そうなると選手層の厚いチームが優位だろうと思う。個人的に優勝するのはフランスとイタリア、イングランドのどこかだろうと思う。選手層的にポルトガルとかは厳しいんじゃないかと思う。イタリアとイングランドの決勝が見たいけれど、両チームのディフェンスラインがエムバペのスピードを抑えないといけないわけで、それはちょっと難しいかもしれない。

 精神的にしんどくて、一日中寝ている毎日だけど、まだフットボールで熱狂できるのが確認できてよかった。この一か月、しんごいけれどフットボールの力を借りて少しずつ持ち直していこう。

 イタリアの優勝を願って。

 

 

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#139 3歳の私へ

 

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 お元気ですか。車の名前はけっこう覚えましたか?

 手術の後の経過はどうですか? 手術のことはどのくらい覚えていますか? 手術台の上にあるあの光は無影灯というらしいです。20年以上経っても手術室の上で無影灯が光った瞬間のことを覚えています。めちゃくちゃ怖かったですよね。よく頑張りましたね。手術後、カチャカチャという金属の音で目が覚めて、見るとお医者さんだか看護師さんだかが、バットの上で手術道具を揃えていたことと、全身麻酔が切れてきて苦しかったのはなんとなく覚えています。

 

 現在の私が覚えているうちで一番古い記憶は、洗濯かごの中で遊んでいると、おばあちゃん——あなたが「奈良のおばあちゃん」と呼んでいる父方の人です——に「そんなんしてると背が伸びなくなるよ」と言われたこと、それから丹後エクスプローラーでたたずんでいる父の姿です。もうどちらもうっすらとしか思い出せませんし、もしかしたら後から付け足された記憶かもしれません。なので、一番古くて、かつ起きたこともはっきりしているのは手術の記憶ということになります。毎年エコー検査を受けないといけなかったり、9歳の時に縫合の糸が肌から飛び出て、それを引っ張り出すときにめちゃくちゃ血が出るとか、手術が絡む思い出や出来事はけっこう多いです。手術痕がかっこよくて、水泳の授業の時にはみんなに自慢して見せびらかしていました。懐かしいなあ。

 たぶんあなたは理解してないと思いますが、手術をしなければ突然死してもおかしくないような病気だったらしいので、成功してよかったです。ここから数年、大きくなるまではできないことも多いですが、12歳ごろには運動はすべてできるようになるので、大丈夫です。スキーもできるしサッカーもできます。

 

 毎週、京都と奈良を往復する日常だと思います。周りの大人や母から当時のことを聞いて思うことはいろいろあるのですが、うまく言葉にすることはまだできません。不条理がたくさんあったんだなとは思います。あなたにとっても母にとっても。

 一度、あなたのお父さんが「お父さんとお母さんのどっちが好き?」などとあなたに尋ねることがありましたよね。もちろんそんなこと決められませんから、あなたは答えなかったと思います。何と答えばよかったのか今でもわからないので悩まなくていいです。父と母が毎晩豆電球の下で眠らずに議論しているのも変だなあと思いながら寝たふりをしながら聴いてますよね。みんなが仲良く暮らせられればいいのですが、それは難しいことで、きっと奇跡みたいなものなのでしょう。何度かあなたは「もう二人ともけんかしないで!」って言うんですけど「これはけんかじゃなくて話し合いなんだよ」と言われたら何も返せませんよね。モヤモヤしながらまた布団の中に戻って目を閉じる、そういったことが何度もあると思います。無力感を感じながら天井を見ていましたよね。自分にもっと力があれば、議論に参加できれば、とか考えているかもしれません。でも自分を責めたりしないでくださいね。

 あなたのお父さんは医者なのに、あなたのアトピーやアレルギーについてほとんど何もわかってないので、食べられないようなお菓子をあなたにあげたりしますよね。アトピーの子供には油はよくないのに普通にマクドナルドのポテトを食べさせたりします。あなたもそうなのかはわかりませんが、私は彼に抱きしめられた記憶が一つもなくて、今もそのことを考えると悲しいです。なので、あなたがもし父親に抱きしめられることがあれば、そのことをできるだけ長く覚えていてほしいです。お願いします。あと、お父さんの顔もできるだけ見ておいてください。これもお願いしますね。

 

 奈良の家も京都のマンションでも基本的に外には行かず、もっぱらテレビを見ていると思うのですが、どうでしょう。ゴーゴーファイブはどうでしたか? 楽しく観ていた記憶はあるのですが、もう何年も経ったのでストーリーをほとんど思い出せません。父親の家の人たちは私になんでも買ってくれたのでゴーゴーファイブのグッズとか持っていたような気がするのですが、この記憶は合っているのでしょうか? ゴーゴーファイブの後のタイムレンジャーは未来に行ったり過去に行ったりタイムワープがテーマだったり、かなり画期的な内容だったと思うのですが、3歳のあなたに「時間」や「過去」のような概念が理解できのているのかどうかわかりません。それよりもタイムレンジャーの後に放送される仮面ライダークウガの方が楽しい感じですか? ちなみにクウガ役のお兄さんは仮面ライダーがきっかけで有名な俳優になります。スター誕生の瞬間を毎週のように目撃しているあなたが羨ましいです。

 あなたは世間一般の例にもれず車と電車が大好きな男の子だったと思うのですが、私の記憶が正しければ一番好きな車はホンダのオデッセイのはずです。残念ながらオデッセイがかっこいいのは2代目までで、この後はダサくなる一方です。3代目は及第点として、4代目以降はどんどん目つきが悪くなってしまいます。あなたと同じく、私も2代目のテールランプの形が好きなのですが、今見掛けるオデッセイは4代目と5代目ばかりです。

 長くなってしまいましたが、この辺で終わりにします。元気に過ごしてください。また連絡しますね。

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#138 『LA LA LAND』いつかたどり着く場所

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昔描いた絵



 もう3回目だからぼんやりと観ていた。何となく水族館に似ているなと思った。照明が暗い通路と屈折して散らばる光の線。大水槽には悠々とジンベエザメが泳ぎ、水紋がそのまま影となって足元で揺れ、光に照らされた中を大小たくさんのクラゲがと浮かぶ。深夜の薄明りの部屋、ラップトップで映画を観ながら頭の中ではなぜか水族館のことを考えていた。パーティーに行く前の「Someone in the Crowd」のシーンが、どの水族館にもあるような熱帯の水槽に思える。エンゼルフィッシュが泳ぎ、クマノミがサンゴの中に隠れ、イソギンチャクが揺れている、みたいな。

 そもそもロサンジェルス(ロサンゼルス?)が人工的な街なのだろう。いつか読んだリービ英雄は、四季のないロサンジェルスで日本の古典文学の講義をする違和感について書いていた。ミアの働くカフェも人工的なセットの中にあるし、彩度の高い衣装が多かったり、夕焼けが現実味がないほどに美しかったり、何となく人工的な画面が多い(気がする)。

 映画冒頭の「Another Day of Sun」のシーンからすでに人工的というか嘘くさい。渋滞中の車から一斉に道路に出て歌って踊るなんて、現実からほど遠いじゃないか。まあミュージカルってそういうもので、嘘だからこそ感動するみたいなこともあるのだろうけど。というか、ドキュメンタリー以外の映画って全部そうか。

 冒頭のシーンにいる人たち、ダンサー、歌手、ミュージシャン、スケボーうまい人。みんな個性を持っている。服の色も肌の色も車の色も、聴いている音楽も様々で、間違いなく全員が全員の物語を持っている。なのに画面に映る誰一人としてこの映画の主役にはなれない。それってなんか悲しい。

 

 ミュージカル映画の苦手なところは、主役以外の人物に全く焦点が当たっていないことが多々あること。脇役の彼に歌うパートがあっても、主役を引き立てるだけにすぎないことも多い。結局彼らは、主役の添え物でしかなくて、やっぱりご都合主義なんだな、なんて思ってしまう。人がいきなり踊りだして、みんな楽しそうで、アップで映る主役同士が恋とか愛とか確かめあって——なんて映画はもうたくさん観てきた。だからごめんなさいもう飽きてしまいました。

レ・ミゼラブル』——トム・フーパー監督の2012年の映画の方です。お間違えなきよう!——は、めちゃくちゃ好きだけど、それはジャベール警部やテナルディエ夫婦のような「主役でない人々」にも歌うシーンがあるからだ。ジャンバルジャン、コゼット、マリウスの3人が物語の主旋律なのは間違いないけれど、脇役が大事にされているからこそ、良い映画——少なくとも私にとって——なのだろうと思う。もしエポニーヌが雨の中で歌うシーンがなければ、こんなに好きになってはない。

 ご都合主義に則って脇役の人格や背景が描かれないのであれば、主役がエゴイスティックに見えてしまう。そうした映画を私は好きになれないだろう。例に出して申し訳ないけれど、『グレイテスト・ショーマン』のお決まりの感じが私はいつまでたっても好きになれない。

LA LA LAND』がすごいと思うのは、ミュージカル映画にありがちなご都合主義的ストーリーを回避しているところ。LAの大都会を見下ろすグリフィス・パークの丘の上でセブとミアがダンスするシーン。恋に落ちた2人のキスシーンを音楽の最後に作れば、それがミュージカルの「お決まり」なのだろうけれど、ダンスの後でミアの電話が鳴ってしまう。電話の後もミアのプリウスがすぐに見つかり、立ち話をする口実が無くなって、彼らは別れないといけなくなる。『理由なき反抗』がスクリーンに映るリアルトシアターでもいい感じになったところでフィルムの不備かなんかで上映が終わってしまう。脚本家は意地悪で簡単にキスさせない。

 そうは言っても、物語を展開する上で完全にご都合主義を避けることは不可能で、ミアのルームメイトは「Someone in the Crowd」で、オーディション生活に疲れたミアをパーティーに連れ出した後ではあまり出てこなかったりする。彼女たちを主役にしたアナザーストーリーとかあったら面白いだろうなと思う。時間があったら自分で作ってみてもいいかもしれない。セブのクラクションに驚き、悩みながら執筆したミアの一人芝居を見た彼女たちは、何年か経って映画スターの元ルームメイトとして雑誌の取材を受ける。どう書いても面白くなりそう。知らんけど。

 

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 昔からそういう妄想とか想像が好きだった。初めて想像の世界にはまったのは多分ウルトラマン。夜眠れない時はウルトラマンに登場する人の日常生活がどんなのだろうなどと考えていた。尼崎の小さな部屋。豆電球のオレンジの光。

 小学校の授業中は「今大声をだしたらどうなるだろう?」とかよく想像してたし——実際に大声をだしても何も起こらなかったけどね!——、電車通学をするようになると前の席に座る人の職業や家族構成を勝手に想像したりしていた。そのうちに目の前の現実を見つめるよりも想像の方が楽しくなって、毎日ノートに夢を書いたり、本や映画の世界にのめりこんだりしていた。

 映画『LA LA LAND』が日本で公開されたのは2017年。当時好きだった映画は『LIFE!(原題:The Secret Life of Walter Mitty)』とか『ルビー・スパークス』、『主人公は僕だった(原題:Stranger Than Fiction)』等々。3つとも空想と現実のバランスが最高で、当時何回も観ていた。

 最初にこの映画を観た時は、想像と現実の重なる映画として観ていた。映画館の長回しの「Another Day of Sun」は衝撃だったけれど、それは高速道路で車から出てきた人が一斉に踊りだすというのが、空想的で現実にありえないシチュエーションだったからでもある。プラネタリウムの中を踊るシーンと、映画終盤「こうなったかもしれない未来」の中で踊るシーンも同じ。現実にはあり得ない誰かの空想で作られたシーンでいつ見てもグッときてしまう。映画だからこそ許されるものだ。小説でもYouTubeでもこんなことはできない(はず)。

 

 2回目に観た時は、多分2018年とか19年とかで、何をやってもうまくいってない時だった。夢とかそういうのを考えるのがもう辛くて、だから夢を優先して2人とも成功する姿に嫉妬して、モヤモヤした思いで映画を観ていた。「だって映画でしょ? そりゃ2人とも成功するよな。フィクションだもの」とにかく腐りきっていた。

 大学に入学した当初、映画に関する仕事をしたいと思っていた。けれど初めて知り合った映画批評家が最悪最低だったり、次々に映画業界のセクハラやパワハラの問題が明らかになったりで、すっかり幻滅してしまっていた。世の中にあるすべてのものがフェイクというか嘘くさく思えるようになってしまった頃。YouTubeHump BackMVを観て、コメント欄にある「売れたバンドが、悶々とした日々の生活の苦しさとかを歌っても冷めるんだよね」という誰かの言葉で深夜に泣いていた時期。その時はミアがセブに尋ねる「Do you like music you play?」というセリフが心に刺さった。
 ほぼ同時期に友達と観た『はじまりのうた(原題:
Begin Again)』にも同じようなシーンがある。「フェイク」な音楽を作って人気者になる元恋人をキーラ・ナイトレイが問い詰める大好きなシーン。「やりたい○○」と「お金になる○○」の違いに私たちはずっと悩むのだろうと思う。

 

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 最近お笑い芸人の世界に興味が湧いてきて、YouTubeやラジオを見たり聴いたりしている。人にもよるけれど「やりたい笑い」と「お金になる笑い」の差はけっこう大きいと思う。「売れていく」ということはめちゃくちゃ難しいことだし、すごいことなのだけど、その分不自由さも伴うのかもしれない。昔よく見ていたステレオタイプ的な芸人は、熱くてガツガツした人だったのだけど、そういう人達はけっこう減って、どこか悟ったような顔をしながらライブシーンを大事にする芸人が増えた気がする。

 ここ1年、文章をコンペに出しては落選し、というのを結構やった。「書きたい文章」が「評価される文章」であることはとっても少なくて、現状「書きたい文章」が「お金になる文章」であることはもっと少ない。でもまだ表現したいことはたくさんあるし、長い道のりかもしれないけれど頑張りたい、頑張らないと、頑張れるよね。就活もしたくなくて、でも大学生活がずっと続くわけではなくて、「ああどうしたらいいんだろ」なんて考えている毎日。だから3回目の『La La Land』は、夢追い人の物語に過去2回以上に引き込まれてしまった。

 ライアン・ゴズリング演じるセブは才能のあるピアニストなんだけど本物志向の偏屈者。歴史あるジャズクラブが今やサンバとタパスの店になっているのが気に食わなくて、いつか自分の店をそこに構えるのが夢らしい。でも現実ではお金がない。弾きたくもない曲をレストランで弾き、突然やってきた姉にああだこうだ言われる。自分の店を持つという夢のためにキースのバンドに入り、成功しお金を稼ぐ。

 役者志望のミアはパートタイムで働くカフェの合間にオーディションにエントリーし続ける毎日。とりあえずオーディション受けて、また落ちてという、よくCMで見る「就活の悪い例」を地で行っているようにも見える。不安ばかりの彼女の世界では、パーティーがスローモーションに見えたりするし、ディナー中にテーブルの声が全く聞こえなくなったりする。セブよりもミアの方が観客はより共感できるし、応援しやすくなっている。見ようによっては、役者志望のミアがスターになる過程をVR感覚で楽しめる映画、と言えるだろう。というかそういう風に今回は思えた。夢追い人の一員になった2021年の私は、エマ・ストーン演じる主人公がチャレンジを継続した結果報われる姿に、勇気づけられた。自分でも意外だった。同時に今までは何も思わなかった「Another Day of Sun」の歌詞の残酷さにも気づいた。追い続けた夢をいつまでもつかめなかったら? 何もつかめないまま年を取ってしまったら? 夢とお金、冒険と安定、勇気と狂気。悶々とする二項対立。

 たくさんの見方がある映画だと思う。LAを知っている人や言ったことのある人なら知っている知識と照らし合わせて観られると思うし、音楽だけで楽しめる人もいると思う。衣装もたくさん登場してそれに着目しても面白そうだ。

 次に『La La Land』を観て、将来の自分が何を考えるのかかなり興味深い。そしてちょっと怖い。その時に自分が持っている余裕やお金によって感想はかなり変わりそうだ。文章で「成功」できたらいいけれど、世の中はそんなに甘くないし、私の物語はまだ始まってもいない。

 

 

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#137 13歳の私へ

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13歳の私へ

 お元気ですか。中学校には慣れましたか。
 まあ慣れてないですよね。毎日毎日つまらない日々ですよね。
12年経ってもまだ思うのだから、あなたはもっとつまらなく思っているのでしょう。

 

 中学校に入学して、電車で通学するようになって、部活も塾もあって、急に忙しくなりましたよね。小学校と中学校では時間の流れ方が全く違って、大事なものを忘れてしまうかもしれないと焦っていると思います。でもその心配はしなくても大丈夫です。12歳以前に大事に思っていたことも、大事な思い出も、まだかなりの割合で覚えているので。
 この手紙を書くにあたって
1か月ほどかけて中学生の時ことを思い出してみたのですが、ムカつく出来事はまだムカつくし、好きな人は好きだし、嫌いな人はやっぱり今でもあまり好きじゃありません。一方で先生たちに対する印象は大きく変わりました。授業以外で言われることの半分ぐらいは聞かなくていいと思います。当時から今までずっと尊敬している先生は実は数人しかいません。

 FM802を果たしていつから聴き始めたのかとか、部活で履いていたスパイクがどんなのだったかとか、好きな人が貸してくれたピアノのCDがどんな内容だったのかとか、もしかしたらあなたにとっては大事かもしれません。でも残念ながら思い出せなくなってしまいました。ごめんなさい。

 

 13歳のあなたにとって学校は、いることを余儀なくされている大きな世界かもしれないけれど、世界はもっと広いです。塾もキンボールもあるし、本も映画もあります。一日の大半を学校で過ごしてますが、わりと小さな世界です。

 今一番悩んでいることは学校に親友がいないことだと思います。今も昔もそしてこれからも、あなたは『スタンドバイミー』が大好きなので、ゴーディとクリスのような友情に憧れていますが、「親友」と呼べる人ができるのはもう少し先になってからです。そもそも「親友」と「友達」の境目が何なのかって話でもありますけど。

 

 毎日が楽しくない理由や友達がいない理由についてあなたはよく考えているはずです。週刊ジャンプを読めば、音楽をよく知っていれば、ガラケーを持っていたら、友達ができると考えていると思いますが、関係ないです。サッカー部の人はみんなジャンプを読んでいて、そして多くがガラケーを持っていて、だから自分だけ仲間はずれにされているように思う時もあるけれど問題はもっと本質的です。あなたの考え方が硬すぎたり、知見が狭かったりするのが理由です。
 勉強ばかりしているのもよくないです。がり勉野郎で通っていますが、今のまま「勉強が出来ること」をアイデンティティにしているとえらいことになります。高校に入るとあなたは勉強に全く身が入らなくなるのですが、勉強が出来ないことでパニックに陥り、自分を見失ってしまいます。そうなった時に自分自身をを否定しないよう、今のうちから映画を観るとか、友達と遊ぶとか、そういうことをして世界を広げていってください。今のままだと好きなことを持たず、周りに無関心な残念な人間になる可能性があります。早急に映画を観てください。絵を描いてください。音楽を聴いてください。

 

 経済的な格差や、文化的な格差についてあなたは気づき始めたころだと思います。周囲の友達に対して引け目を感じていますよね。教室でも部活でも。家にお金がないとか、母子家庭だとか、そういう「違い」をずっと考えていると思います。地元の友達と遊ぶ時には考えもしなかった「格差」みたいなのをずっと考えて、時々クラスメイトがひどく羨ましく思えたり、逆に幼稚に思えたりしますよね。

 部活の帰りにはみんなでローソンで買い食いをするし、練習用にサッカーチームのユニフォームを持っていたりします。みんな登校中にイヤホンで音楽を聴いたりしています。結構なカルチャーショックですよね。交通費以外のお小遣いなんてもらったことがなかったし、最初の部活の練習着はイオンで買いました。セールだったので1500円とか1000円とかでした。そうあの猪名川のイオンです。おじいちゃんの家の近くの。

 

 後から思うに、違いというのはあって当然のものなので、そもそも意識しなくてもよかったのだと思います。誰かの目を気にせず、自意識過剰にならず、自分のやりたいように振舞えばよかったのだと思います。でもあなたは「母子家庭」というのを必要以上に重く考えて悩んでいるでしょう。小学校から受験するような子にはわからないだろうな、なんて考えているかもしれません。それはある意味で当たってて、「この人は自分が育った環境を当然だと思ってるんだろうな」なんて思ってしまうことは高校でも大学でもよくあります。同窓会でもそうです。なんなら今周りにいる人にもいます。ただ全員が全員わかってくれないというわけではなくて、多分今はみんな歩調がバラバラなのですが、少しずつ理解できるようになります。人を選んだりタイミングをみて話したらきっとわかってくれると思います。

 

 母子家庭で育ったことは後ろ暗いことではありません。「両親がそろっていないといけない」なんていう狭い考え方に縛られる必要は全くありません。幸せの形は人それぞれで、だから離婚したからといって不幸でいないといけないわけではありません。幸せになる権利は誰にだってあります。身長が低くても幸せになることはできます。アトピーが酷くても幸せになることができます。恋人がいなくても全然平気です。

 

 長くなりましたがスポーツの話でもして終りにしましょう。

 小学校では毎日プロ野球を見ていましたがこれからどんどん見なくなります。結局阪神はこの先の12年間、一度もリーグ優勝できません。ただ今年入団したブラゼルはわりと打ちます。来年にはマートンという外国人が来るのですがこの人もめちゃくちゃ打ちます。マートン阪神に長く在籍して、まるで生え抜きかのような扱いになります。

 野球に代わって、最近あなたが興味を持ち始めている海外サッカーを見ることが多くなります。今のお気に入りのチームはチェルシーだと思いますが、その後あなたはチェルシーを裏切り、ミラニスタに、そして最終的にアーセナルが好きになり、グーナーになります。一瞬だけニューカッスルファンになったりもしますが、オーナーのマイク・アシュリーの悪党ぶりに気づいてすぐに応援をやめてしまいます。

 チェルシーを応援しなくなっても、ミケルやエッシェンランパードドログバ、テリーといった選手はずっと好きです。今も昔も偉大な選手たちです。それからアシュリー・コール。彼を超える左サイドバックはまだ出てきていません。一番大好きな選手はチェコ代表ゴールキーパーペトル・チェフだと思いますが、彼はキャリアの最後の最後でアーセナルに来ます。今はチェルシーでスタッフとして働いています。ランパードは引退後にチェルシーの監督になるのですが1年ちょっとで解任されてしまいます。(チェルシーは所詮そんなチームです。早くアーセナルのよさに気づいて下さい)

 

 あなたが13歳の頃のフィギュアスケートはかなり熱いです。キム・ヨナ浅田真央という二人の天才が同じ時代にいるなんて、そうそうあるものじゃありません。メディアはさも韓国と日本の競争であるかのように報道し、松岡修造や国分太一がグランプリシリーズの成績に一喜一憂していると思いますが、今も昔も純粋にフィギュアスケートファンのあなたには誰が勝っても素晴らしい、そんな時代です。もちろん2021年もフィギュアスケートの世界はそれなりに楽しいのですが、時々キム・ヨナ浅田真央が懐かしくなります。キスアンドクライにいるブライアン・オーサーの顔や髪型はずっと変わりませんが、教え子の顔はどんどん変わっていきます。

 バンクーバーオリンピックフィギュアスケート女子フリーの時間は、中学校では美術の時間でした。美術の先生——名前はもう忘れてしまいました——は優しい先生で、特別にテレビを付けてくれて、あなたは教室でみんなと浅田真央の演技を見ることになります。浅田真央トリプルアクセルに拘るあまり、フリーではミスが多くなります。ラフマニノフの『鐘』のメロディーはとても暗くて、滑走する浅田真央の表情はずっと硬くて、悲しい気分でフリースケーティングを見ることになります。浅田真央はこれからジャンプのエッジで苦しむシーズンが続き、『くるみ割り人形』の時の楽しそうな表情はあまり見れなくなります。キム・ヨナバンクーバー後は少し競技生活を離れます。代わって新しい選手が活躍するようになりますが、残念ながらゲデヴァニシヴィリはこのシーズンがキャリアのピークです。それからレピストも早くに引退してしまいます。

 美術の先生は一年で学校を離れてしまうのですが、先生がクラスメイトに「濃い色を先に塗ると取り返しがつかなくなるから、薄い色から塗るんだよ」と教えている光景をなぜか覚えています。1学期では美術の成績が10段階中3だった私ですが、3学期には人並みの成績になるので気にしなくて大丈夫です。

 また連絡します。それではお元気で。

 

 

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#136 うにょうにょうにょーん

 

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 自信がない。どうしてこんなに自信がないのか一週間ぐらい考えていて、ほら例年よりも大幅に早い梅雨入りとかなんとかで雨ばっかりだから、心もどんよりしている。今日はずっとオードリーのオールナイトニッポン真空ジェシカのラジオ父ちゃんを聴いていた。カフェにも行ったんだけど、雨だからかお客さんは私しかいなかった。モーニングを食べて、本を読んだ。寝不足だからか雨降りだからか空だけでなく頭の中までも曇っているような感じだった。眠いし雨音はうるさいし蛙も騒ぐし、「眠いな。死にたいな」なんて言葉を思わず呟いてしまって、雨音とコーヒーの匂いのあるその空間に日本語が浮遊して霧散していく。言葉が私の口から出て、それは発散と言い換えることもできるのに、心は軽くならずますます重くなる。うかうかしているとSNSによくない言葉を書き込んでしまいそうで怖い。誰かの声が聞きたくて思いつくままに電話するようなことはできなくて、だってみんなもう月曜日は仕事をしているような人たちばかりだから、自分だけが同じ場所で前にも後ろにも進めないまま身動きが取れずにずぶずぶと深い沼にはまり込んでいる気がして、やっぱりもう全部終りにしようかなんて16歳にも18歳にも21歳にも考えていたことと同じことが頭をよぎって、いろんな人に申し訳ないと思うし、いろんな人を傷つけてきたしでも、死んでも何も変わらないだろうと思うし、最後の最後に残るのはいつも絶望だけ。この世界にどうあがいても生き続けないといけないなんて××だ。。でも終わらせる勇気がない以上生きていかないといけない。自信がないっていうのは本当に××だけどそれでも生きないといけない。

 自分なりにセイフティーネットを張り巡らせていて、しんどい時に見るYouTubeの動画とか決めているし、毎週毎週好きなラジオが放送されるしアプリを使えば過去を遡ることもできる。音楽だってまだ味方だし、くるりを聴けばあの頃に戻れるしジッタリンジンを聴けば自転車をこぎたくなる。本当の本当に書いちゃいけないことはまだ書き込んでいないし、物理的な自傷行為もしたことはない。酒も飲まない。タバコもしない。でも時々いなくなりたいと思ってしまう。死にたいではなくて、なんというか消えたいという感じ。生まれたくなかったという感じ。こんなこと書くのも恥ずかしいけど。

 友達が教えてくれた詩にも書いてあったように、生まれるという行為はどの角度から見ても受動的で、「生まれてきたくなかった」なんてどれだけ叫んでも過去には戻れない。自己否定はそのまま両親を否定することなって、だから10代の終わりは酷いことをたくさん母親に言ってしまった。会おうと思った時には父親はもう2回目の脳出血で倒れた後だった。入院して退院して一人暮らしをしていることを父の姉が教えてくれたけれど、彼女はどこか嘘くさかった。建前ばかりの言葉を並べる彼女は、明らかに私の来訪を拒絶していた。小さいときの私は母と祖母と一緒にいるのが辛くて、父親がいつか迎えに来てくれる日のことを待ち望んだりしていたけれど、そんな日は来なかった。父親の顔も声も知らなかったから、街を行き交う男の人の顔を見ながら「お父さんはどんな顔をしているのだろう」なんて考えていた。結局実物の彼には会わないまま私の人生は終わる。訃報は届かないだろうし、私が死んでも彼にも彼の姉にも伝えてほしくない。彼らに悲しむ権利は無いような気がするから。そもそも脳出血で倒れた人は、悲しむことができるのかっていう話もあるし。脳出血の後の状態がどういった感じなのかさえ彼女は教えてくれない。お見舞いも拒んだし、リハビリの経過も教えてくれなかったし、ああもう! むかつくむかつくむかつく。思っていることを言葉にするのに時間がかかってしまった。父親の姉に言いたいことはたくさんあるのに言えなかった。お父さん、あなたはどうして結婚しようと思ったんですか? 子供が欲しいと本当に思っていましたか? どうしてずっと連絡さえとってくれなかったんですか? 自信がないっていうのは本当に××だって知ってます?

「あなたを母子家庭に育ったと思われるような人間にしたくない」と言い放った祖母の顔。自分が人と違うかもしれない、異常なのかもしれないと思うたびに浮かんでくる祖母の顔。「あんたおかしいよ」って人格を全否定するように言われたし、母に「育て方が悪い」なんて平気で言う人だった。同時にいろいろ映画や音楽を教えてくれる人でもあった。限りない矛盾をはらんでいて、一緒にいて楽しかった時もあるけれど、祖母いくつかのの言葉は明らかにトラウマになってしまって、私を苦しめる。自信がないのはきっと彼女のせいだと思う。なのにどうして遺影に手を合わせるのだろうとも思う。今なら思うことをきちんと言葉にして伝えることができるのに、祖母はもうこの世にいない。少し腹が立つ。ずるいと思う。ただ生きていたとして、言っても祖母には理解できないだろうとも思う。実際理解してなかったし。理解しようともしてなかった。

 私は自分のアトピー性皮膚炎の肌も、目つきが悪いと言われた釣り目も、身長の低さも結局心の底からは好きになれない。祖母に言われた言葉がまだ私を苦しめるからだ。もう全部なかったことになってほしい。疲れてしまった。楽しい記憶もあるのに辛い記憶ばかり反芻しているのも悲しい。きっと自分に自信があれば違ったのだろうと思う。でもそんな言葉を受けて育って、自尊心の問題を抱えていない自分を想像すること難しい。母子家庭で育ったことは別に後ろめたいことでもない。劣っているわけでもない。なのに祖母の言葉はずっと刺さったままで、私はいつまでも幸せになれないんじゃないかとさえ思う。

 祖母が死んだら今度は伯母がまた何か言ってくる。伯母の言葉が強すぎて私は過呼吸になってしまって、以来存在自体が怖くなってしまった。伯父と伯母の作った家庭が昔から羨ましかった。従兄弟と比較すると自分には何か足りないようにずっと感じていた。そういうのは彼らはわからないだろうと思うし、わかった気になってもらっても困る。伯父も伯母も家族ではないから、最後の最後までは心を許せなくて、最近では会話するのも少し怖く感じる。祖母が死ぬときに伯父伯母が私に言った言葉。母について伯父が言う言葉、私について伯母が言う言葉。積み重なったものを考えるに、もう手遅れなんだと思う。彼らは強すぎて、私は弱すぎる。わかりにくい甥で申し訳ないとも思う。

 記憶が正しければ先週父親は誕生日で、そういうのを思い出して勝手に落ち込んで勝手に寝込んで勝手に死にたくなって、でも強すぎる人たちにはきっとわからないだろう。もうわかってほしいとも思わないし、平行線のままでいいから。ただわかったような顔だけはするなよって思う。もう無理だし取り返しがつくはずなんかないので。

 がぶがぶコーヒーを飲んでいる。がぶがぶ牛乳を飲んでいる。時々おなかを下す。小腸も消化管も全部流れていかないかなあと便座の上で思う。私という概念すべてが下水に流れて最後に汚い肛門だけが残る、みたいな。

 オードリーの2人の声を聴きながら寝たのに、胸糞悪い夢で起きる。息が浅くなっている。2年前に過呼吸になったことを思い出して、頭が一瞬真っ白になるけれど手はちゃんと動くし深呼吸もできるし大丈夫だよーって自分に言い聞かせてまた寝ようと思うけれど、もう眠れなくなっていて、仕方なく体を起こす。何もやることはなくて、聴きたい音楽も観たい映画も読みたい本も連絡を取りたい人も実はもうないんじゃないかって思ってじゃあどうして生きているんだろうと思う。そういう感じになったらゲームオーバーだなあって思うけれど、ゲームなんてもうとっくの昔に終わっていて私の前にあるのはただただ終わりのない晩年のような気がして、ただ母にだけは申し訳なく思って、祖母にも伯父にも伯母にもありがとうとは思うのだからどうせ死ぬならありがとうを伝えてからだろうと手紙を書いてみるけれど選んでも選んでも言葉は嘘くさくて私が死んで誰かが悲しむのならやっぱり死ねなくてでも死なないとわからないこともあるだろうななんてまだ考えている。今日も明日も考えていることは去年も3年前も考えていたし死ぬまで考えているんだろうなと思う。もう全部なくなってくれないですかね。もう疲れたんですけど。

 記憶が正しければ父は今年で58になった。もっとも、彼が生きているかどうかさえ私は知らない。どうしてだか許してほしいという気持ちがある。自分でもよくわからない。

 

 

【今日の音楽】

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