シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#216 箱根から降りていく。

「別れを上手くすること」
それが今年の目標だった。箱根を出るときは、できるだけこっそり出たかった。でもやっぱり名残惜しくて、時間がかかった。みんなありがとう。それでも全員に感謝を伝えることは不可能で、それに自分の中にあるのは必ずしも純度100%の感謝というわけでもないので、余計に難しかった。

「冬」って感じの写真
 ゲストハウスで働き始めたとき、私は焦っていた。ちょうど海外から旅行客が入国できるようになった頃で、たくさんの人がゲストハウスを通り抜けていった。お互いの国の話、おすすめの旅行先、素敵な季節と風景。数え上げていくと本当にキリがないけれど、思い出すとまだ心がジーンとする出会いがいくつかあった。SNSを交換したりして、その人のことを、相手の文化のことを知りたいと思った。

晴れの日の登山電車
 ゲストハウスの日々が忙しくなるにつれて、私は疲れていった。自分が抱えられるよりも遥かに多い情報量を毎日摂取して、インプット過多になっていた。人生ってもしかしたらそんなもんかと思い、でもそれについて誰とも話せなかった。話す余裕も、心をそこまで許せる人もなかった。普通なら、頭の中にあるモヤモヤをアウトプットして文章にするのに、忙しすぎてできなかった。忙しい毎日なのに、オーナーからは「ありがとう」とも「お願いします」も言われず、何のために働いているのかわからないまま日々は過ぎた。11月末に病院の受診のために実家に帰ったけれど、疲れが取れず、ずっと寝ていた。あそこにい続けたら、病気になってしまうのだろうと思った。自分だけが弱くて、無意味に傷ついていた。マネージャーの無神経な言葉にも、オーナーの心の狭さにも。

「人と人とはどうせ分かり合えないのだから」とか「どうせもうやめるのだから話しかけても無駄だ」とか、そういう風に思うようになり、積極的にお客さんと話すことをやめた。心が晴れず、毎日が繰り返しのように感じてられた。このゲストハウスで人生が交わっても、結局我々は別々の道に進むのだ。諦めに似た感情が私の心を支配するようになり、そんな風に考える自分が嫌になった。実際箱根にいたあの頃から数ヶ月経ってもまだモヤついている。いくつかのことは許せそうにない。
 ゲストハウスで働く最後の1ヶ月はしんどかった。よく話した人がいなくなって、みんな焦っているのに、問題がそこにあることに気づいているのに、誰もそれを指摘しない。「ありがとう」も「お願いします」を言えない人にはならないでおこうと思うのが精一杯で、状況を積極的に変えられない自分が嫌だった。
 そんなこんなだったので、最後は気分が晴れないまま私は登山電車に乗って箱根を下った。標高の高い場所から低い場所へ。積み上げた7ヶ月の月日が一瞬で過ぎる。いろんな人と行った彫刻の森美術館。正月に歩いた向こうの山。ホテルで働いていた時によく使った駅。曲がりくねった国道1号線が見える。働いていたホテル。スイッチバック。冬の山、山、山。

最後の日の強羅駅
 運転手の見えるところに親子が3人で座っている。5歳くらいに見える男の子がキャッキャと声を上げている。出山の鉄橋もトンネルも、その男の子が騒いでいて、だから私は気が少し紛れた。昔の自分にもあのような瞬間があったことを知っている。よく喋る子供だった私。大人を信頼しきっていたあの頃。もうなくなってしまった遊園地。電車が見えた駅前のマンション。

 時空を超えて私が存在しているということに、どうしようもなく泣きたくなる。私はまだ死にたくはなくて、ならばどうにかして進んでいかないといけない。毎日に一応の意味を見出し、そして石を積み上げていく。その石に自分以外の誰も価値を見出せないとしても、私だけは信じないと。

 不思議な気持ちだった。泣きたいというのもまた違った。でも確かに心の中にずっしりと悲しみがあった。ついに分かり合えなかったというモヤモヤした気分。きっと私は、不貞腐れながらゲストハウスで働いている自分自身がずっと嫌だったのだ。私の面接をしてくれた人も、マネージャー、オーナーも社員の人たちも。またできればいつか会いたいけど、きっともう会えない。みんなにモヤモヤした気持ちを抱えながら、自分の不甲斐なさを恥じて、でももう戻れない。電車は小田原へと降りていく。

最後の日の小田原駅
 今でも時々、最後に頂いた賄いのチャーハンの味を思い出す。みんなの笑顔も粉になるコーヒー豆の音も喫煙所の煙も。
 
 
 
【今日の音楽】
 
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