シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です

#116 何でもない日々(3)

  水曜日。久しぶりに大学の食堂でご飯を食べた。ゴビゴビ砂漠Sさんと一緒に食べた。食堂は感染対策のためにブース型自習室のように仕切りが立てられていて、3人で食べているのにまるで1人で食べているような気分にさせる。誰かが5月ぐらいにzoomの授業の中で言った「段々SF味を増してきましたね」という言葉を思い出した。無言で大学芋を頬張った。

f:id:shige_taro:20201223235324j:plain

学食で昼ごはん

 ゴビゴビ砂漠は年始に札幌に行きたいらしい。モエレ沼公園テレビ塔大通公園、時計台。岩見沢に行きたいとゴビゴビ砂漠は言った。札幌出身のSさんいわく「岩見沢には何もない」らしいけれどそれでもゴビゴビ砂漠岩見沢で雪を見たいらしい。自分が札幌で生まれたらどんな風だっただろう。寒いのが好きになっていただろうか。黒海沿岸の保養地に押し掛けるロシア人のように何もない空と強い日差しに憧れるような人間になっていただろうか。将来住むとしたら寒い北国はごめんだけれど、2人は違う意見らしい。さすがはロシア語専攻。

 キャンパスのシンボルだった世界時計が新キャンパスに移転するため明日には見れなくというので写真を撮った。人の少ないことで有名なキャンパスだけれど最近は昼休みに世界時計の周りで写真を撮る人が結構いる。

f:id:shige_taro:20201223235453j:plain

世界時計

 3限はロシア経済の授業。最初は退屈だったのだけれど、自分でレジュメにある単語の意味を調べたり、ソ連崩壊後にどん底にあったロシア経済をプーチンがどのように立て直していったのかということを知るのは興味深かった。日本にいては想像もつかないようなロシアならではの事情がたくさんあるのだ。今週は課題が出た。来週までに「ロシアでベンチャー企業は活躍できるのか」調べて簡単にまとめなくてはならない。

 4限の文法の難しい授業を受けてからゴビゴビ砂漠と別れた。パソコン室へ向かう少しの間、同じ授業を受けていたT君と話した。箕面駅近くのカフェとご飯やさんを教えてもらった。

f:id:shige_taro:20201224005154j:plain

夜の図書館は幻想的な雰囲気になる

 パソコン室で用を済ました私はまた世界時計のある中庭を横切って図書館に入る。このご時世なので座れる席が決められていて、窓は半開きになっていて寒かった。新着の本の中に『ウガンダを知るための55章』があった。開くと、昔のサークルで先輩だった人が書いた文章が載っていた。嬉しくて写真を撮って連絡してしまった。知っている誰かが頑張っているのを知るのはとても嬉しいことだ。

 探していたロシアのSF小説についての簡単な本が見つかった。寒いので座らず、本棚の前に立ったまま読んだ。いろんな作家の名前と小説の名前が出てきてちんぷんかんぷんだった。知っている名前もちらほらあって、例えばゴーゴリの『鼻』を筆者はSFの枠に入れて紹介していた。ブルガーコフも出て来た。友達がレポートに書いていたストルガツキー兄弟についても長々と書かれていた。一応一通り読んだけれど頭には入らなかった。

 ソ連時代には文学官僚というのがいて、彼らの検閲なしでは本を出版することはできなかったそうだ。ブルガーコフの大作『巨匠とマルガリータ』も、死後になって出版されたものであったし、ストルガツキーも当局に反体制的であると見なされることを恐れて、創作途中で書き進めることを断念した作品もあるらしい。文学だけではなく、映画もそうである。私の好きなキラ・ムラトヴァの『長い見送り』はペレストロイカの時代になってようやく公開されたもので、映画監督としての活動を禁じられた時期さえあった。時代は違うけれど、音楽家ショスタコーヴィチも、スターリンに粛清されることを恐れて活動をやめていた時期もあった。(代わりに彼はスタジアムでサッカーを観戦することに熱中し、サッカーに関する記録を大量に残した。)

f:id:shige_taro:20201224010641j:plain

よく行くキャンパス近くのカフェ「風゜輪」


 

 木曜日。早起きしてカフェに行こうかと思っていたけれど物事はそんなにうまくいくはずもなく、昼過ぎになってようやく布団から這い出す有様だった。3限にはぎりぎりに着いた。ゴビゴビ砂漠はまたスーツを着ていて、S先生の服飾史はいつものように面白かった。レジュメの1ページ目にはチェーホフの写真があって、「チェーホフ19世紀末のモード」という題名が書かれていた。「作家とモード(писатели и мода)」という名前の文豪と文学におけるファッションがまとめられたサイトを見ながら先生は授業を進めた。トルストイナロードニキ的ファッション——だらしないルバーシカや裾をブーツに入れたズボン——は私にはおしゃれとは思えなかったが、彼のファッションは信条から来ているものなのだという。先週の授業で読んだゴーゴリの『外套』のファッションもトルストイのファッションも現代人には少し奇妙に思えるが、より時代が下ったチェーホフの服は21世紀の街中で見かけてもおかしくはないと思う——ただし蔓なしの眼鏡を除く——。モード雑誌をよく読み、道行く人のファッションチェックも好きだったという彼は、戯曲にしても短編にしても、登場人物の性格と服装をリンクさせて書いたそうだ。『犬を連れた奥様』と『三人姉妹』の映像を観てその授業は終わった。

 後期の最初の授業から、毎週先生のおしゃれな服装をノートに落書きしていたのだけれど、段々飽きてきて、今週は結局描かなかった。世界時計はまだそこにあった。そこにあったけれど、ブルーシートをかけられていて、文字盤も世界地図ももう見えなかった。週末あたりに新キャンパスに移されるのだろうか。

f:id:shige_taro:20201224005334j:plain

 ゴビゴビ砂漠が塾講師のアルバイトに向かうまでの1時間と少しを、今週もまたダラダラ構内の地下談話室で過ごした。私はトムスクに向けて送るメールの文面を練り、対面の彼は北海道旅行の計画を立てていた。談話室は暖かくて、WiFiも通っていて快適である。201711月の北海道旅行を私は思い出していた。新千歳空港に降り立った時の感動、札幌まで向かう電車の窓から見えるどこか寂しい景色、白樺の林水曜日のカンパネラMVでしか見たことがなかったテレビ塔と広い北海道大学のキャンパス。札幌駅に着いた私は駅ビルで味噌ラーメンを食べ、ゲストハウスにチェックインした。時計台を眺め大通公園を歩き、意味もなく市電に乗った後で、近代美術館で北海道出身の芸術家の作品を鑑賞した——日記によれば深井克美、伊藤光悦、神田日勝という人の作品を私は気に入ったみたいだ——。ピカンティというお店でスープカレーを食べ、初めて見るセイコーマートに意味もなく入ったりした。

f:id:shige_taro:20201224005521j:plain

テレビ塔大通公園

f:id:shige_taro:20201224005605j:plain

北海道大学


 次の日は駅前で自転車を借りてモエレ沼公園まで走った。札幌の街は碁盤のようにできていた。イサムノグチが設計した公園の人工的な山の上に座って吹いては抜けていく風とまだ暖かい日の温もりを感じた。スマホに通知があって、サークルの先輩からメッセージが来ていた。はやく提出物を出してください。そういうようなことが書かれてあった。大阪から離れた北の大地で、サークルの人間関係が急にちっぽけなものに思えた私は、サークルを辞めることをぼんやりと決めた。数カ月前から居場所がないとは感じていたから遅すぎるくらいだった。

f:id:shige_taro:20201224005927j:plain

モエレ沼公園

f:id:shige_taro:20201224010153j:plain

我流麺舞 飛燕


 豊平川沿いに走って、お昼は「我流麺舞
飛燕」という少し変わった名前のお店でラーメンを食べた。私は別にラーメンマニアではないけれど、魚介ベースでとっても美味しかったそのラーメンの味が未だに忘れられない。メンマもチャーシューも全部美味しかった。また行きたいと思うけれどいつになるだろう。再び自転車を漕いで中島公園ににある北海道立文学館で自転車を止めた。「アントン・チェーホフの遺産」という展示がやってた。数週間前、山形国際ドキュメンタリー映画祭で出会った檜山さんという人に頂いた前売り券を私は持っていた。詳細は忘れたけれど、チェーホフがサハリンで過ごした日々がメインテーマになっていた展示だったと思う。李恢成や宮沢賢治などサハリンに縁のある文学者の展示もあって、その中に林芙美子の直筆の原稿用紙を見つけた私はすっかり興奮して、学芸員さんに色々訊いてしまった。

f:id:shige_taro:20201224010238j:plain

道立文学館

f:id:shige_taro:20201224010339j:plain

林芙美子の原稿(許可を取って撮影しております)


 文学館を出るとすでに夕闇が迫っていた。スマホに残る写真を見るに、私はその後、市の中心部まで戻り、北菓楼の札幌本館でケーキを食べたらしい。ケーキを食べた後にも関わらず、私はまた昨日と同じようにまたスープカレーを食べた。
GARAKUという名前のそのお店は人気店らしく、たくさんの人がいた。美味しかった。

f:id:shige_taro:20201224010432j:plain

スープカレーGARAKU

 経営が苦しいJRの路線は北海道に集中しているらしいと談話室でゴビゴビ砂漠が教えてくれる。北海道旅行最後の日、私はJR千歳線で苫小牧に向かった。苫小牧港から夜に出るフェリーで仙台に向かう計画だった。札幌圏の鉄道はJR北海道の中でも赤字はひどくないようだけれど、苫小牧駅から南東に伸びる日高本線はかなりの赤字らしい。2015年の高潮以来、鵡川駅様似駅の間の線路は切れたままで、様似には振り替え輸送のバスでしか行けないのが主な理由のようだ。いつか無くなってしまうのかもしれない。というか私が調べていないだけでもう路線の廃止が決まっていることもありえる。私は一度襟裳岬に行ってみたいのだけど、その時はずっとレンタカーで行かないといけないのかもしれない。

f:id:shige_taro:20201224003830j:plain

札幌駅。ここからいろんな電車が出ていく

f:id:shige_taro:20201224004018j:plain

苫小牧駅


 夜、急に気になって調べたら、私が
3年前に泊まったゲストハウスは閉業していた。私が人生で2番目に泊まったゲストハウスだった。そこで出会ったKCとは台湾に行く度に出会っているし、これからも何回か会うことになるだろう。それでも彼女と最初に出会った場所がなくなってしまったのは悲しい。

 

 

 

 【ひとこと】

 写真多めです。北海道旅行のことを考えていたら長くなってしまいました。

 

【今日の音楽】

 苫小牧出身のバンドです。MVの中に北海道の車窓が出てきます。

youtu.be

 

この記事を読んだ人におすすめの記事

shige-taro.hatenablog.com

shige-taro.hatenablog.com

shige-taro.hatenablog.com