シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#113 Welcome to melancholic December

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 猫の声がした。確かにしたのだけれど暗がりの中に目を凝らしても何も見えなかった。もしかしたら誰かを乗せた自転車が軋む音だったのかもしれないし、どこかのフラットで誰かが椅子を引く音だったのかもしれない。でも私が聴いたのは確かに猫の鳴き声で、だから、私の脳内には「2020年の123日午後8時前、石橋の就活カフェ『HELLO, VISITSを出た後に猫の鳴き声を聴いた」と記憶された。

 いつの間にか12月になっていた。2020年も残すところあとひと月、もない。121日は「映画の日」でシネコンでは映画料金が安くなるから映画を観に行こうかなんて思ってたけれど、日々忙しく色々考えていると結局忘れてしまって行けなかった。別にずっと独りでいるわけではなくて、割合人と話しているし、チャットもしているはずなのに、なぜか寂しくて、誰かに電話をかけたいと思うけれど、こんな夜に誰かに重い話を聞いてもらうなんて申し訳なさすぎるなと思って、それならインスタライブやってみるかーとか夜中にパスタをゆがきながら考えたけれど、ミートスパを食べたら眠くなって寝てしまった。

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キャンパス。やだっちの自転車

 友達から久しぶりの電話があって、3時間も電話した。楽しい電話だった。それをまるで昨日のことのように思いながら毎日過ごしていたけれど、計算したらもう10日も前のことだった。その電話の4日前には前所属していたサークルの後輩のTと一緒に篠山に紅葉を見に行った。広島出身の彼は「ささやま」ではなくて「しのやま」と読んでいた。昔から兵庫に住んでいる自分にとって「篠山」は今も昔も当然のように「ささやま」なのだけれど、確かに初見では難しいなと思った。お城は意外と小さくて、でも立派な堀があった。調べると築城は1609年。藤堂高虎の設計らしい。城の種類としては「平山城」に分類されるようだ。平山城は戦国末期から江戸時代にかけて多く作られたもので、有名なものには松江城彦根城、姫路城、高知城宇和島城などがあるらしい。戦国時代まで長らく、防御のために有利な山城が多かったのが、次第に統治機能も兼ね備えた平山城が増え、戦乱の世が終わる頃になると名古屋城大阪城、二条城といった平城が建築されるようになる。去年も今年もよく城に行ったな、と遠くの山を見ながら思う。海外ではなく国内を旅行したのだから当たり前なのかもしれないけれど、それにしても私は城好きなのだと思う。春休みはやだっち青春18きっぷで姫路城に行った。商店街を歩いたり城下町を歩いたりして、その後には赤穂の坂越に移動して牡蠣を食べて、最後は岡山でまたお城を見た。本格的にCOVID19が問題になっていて、電車の中の空気はすでに以前のものではなかった。岡山から西宮に帰る頃は丁度帰宅ラッシュに差し掛かかる頃で、私は息を殺して窓の外を眺めていた。神戸の病院に入院していた時、隣りの病棟に上郡町の子がいたなとか、浪人時代、梅田の予備校まで兵庫と岡山の県境から通ってる友達がいたなとか色々考えていたらすぐに西宮だった。

 ちなみに最近行った城は熊本城でその前は津山城。来年の春休みには社会人になるゴビゴビ砂漠高知城に行ってみたいけれど、この分だと来年は予想よりも早くに来そうだ。20歳を過ぎてから、時間が過ぎていくスピードがとてつもなく速い。ゴビゴビ砂漠と、『海がきこえる』の舞台となった高知でお城を見たり商店街を歩いたり、防波堤の上を歩いたりしたいけど全部はできないだろう。時間はそんなにないだろうから。

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宇和島城

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萩城

 あと5分で橋本愛のラジオが始まる。最近買ったiPhoneがそれを教えてくれる。私はまだ国道沿いにあるカフェでこの文章を書いていてリアルタイムで聴けそうにはない。初回の放送なのに。AM2時まで座れるからと思って来たけど、コロナの影響で閉店は23時になっていた。仕方がない全部仕方がない。ともかく篠山の城下町で私はTと一緒に定食を食べて、私は栗を買った。車でしか行けないようなカフェに行ってテラス席でケーキを食べながら話した。サークルにいた時のこと、サークルの後輩たちが今どうしているか、これから進学するのか働くのか。風が強かったけれど、2週間前はまだ今ほど寒くなくて、日中は暖かかった。目の前に広がるのは畑と山々と、空と雲。夕日が見える時間になってから帰った。車の中で好きな音楽をかけた。後輩を下宿まで送った後、私は中国人留学生のユエと古着屋に行ってダウンジャケットとコートを買った。篠山の栗をいくつかユエが食べて、家に帰ってからは母が食べた。盛りだくさんだったその日の最後は友人5人とのテレビ電話で、ああだこうだみんなで近況を報告したり、いつ行けるかわからないようなキャンプの予定を立てたりした。電話の後、眠る気になれなくて意味もなくスマホをいじってボーっとしていた。

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篠山城

 今年で役割を終えるキャンパス。イチョウが黄色になる頃をしっかり見届けようと思っていたのに気付いた頃には葉っぱは散って茶色くなり、空に枝だけが残っていた。次の日曜日にはキャンパスのシンボルだった世界時計が撤去されて新キャンパスに移転するらしい。全く現実感がわかない。COVID19もキャンパスの移転も、友達の卒業も。

 2248分。あと10分ほどでこのカフェから出ないといけない。誰もいないテーブル。とっくの昔に掃除を済ました床。壁にかかったそれっぽい絵。書き終えたいのに終わらない。時間がない時間がない。本当に時間がない。あれもこれもしたいのに。

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時間がない

 この時期、原付に乗る時にリュックサックを前に抱えるか後ろに背負うか迷う。前に抱えると風よけになるけれど、背中の熱は逃げていく。ドン・キホーテでは卵が108円で売っていた。雄であると判明した瞬間に残酷な方法で殺されるひよこたちのことを考えながら私は10個入りパックをかごに入れた。後ろめたさを感じないのかって? そりゃ心が痛むさ。けれどもう疲れた。500グラム600円弱のフェアトレードマークのついてないコーヒー豆だってベトナムやブラジル、コロンビアの誰かを搾取して作られたものに違いないのだし、マクドナルドでもコンビニでも技能実習生の人ばかり働いているように思える。たったの8円と充電の切れたスマホしか持たずにバス停で寝起きしていた人が「邪魔だから」という理由だけで殺されて母親に付き添われた46歳の職を持たない人が出頭して、果たしてそんな世の中で本当にいいんですか? って思うけど、それでいいと思ってる人ってけっこういるんだろうなって思う。私も多分同じだ。そのままかごをレジまでもっていくような私は、PASONAのロゴが付いた幕を使っているからといって私は天満天神繁盛亭にいくのをやめたりなどしないのだから。資本主義経済の中で生きるということは誰かを搾取しながら素知らぬふりして生きて行くということなのだろうか。そうだとしたら絶望でしかない。パトラッシュ、僕はもう疲れたよ。

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驚安(そんな言葉はない)の殿堂

 ユニットバスの縁に腰かけて本を読んでいる。足だけ湯に浸かりながら難解なページをめくる。ウラジミール・ソローキン『青い脂』。2068年にクローン文学者から精製された「青い脂」は遺伝研究所からシベリアの地下に広がる宗教組織の神殿、そしてパラレルワールド1954年のモスクワへと移動し、支離滅裂なストーリーはいきなりのフィナーレを迎える。正直最初から最後まで全く理解できなかった。苦行に近い読書は土曜日のシフトの後にようやく終わっり、次に控えているのはブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』。これは上下巻で計800ページもあるのでまた苦行になるかもしれない。その後できれば年内に『罪と罰』に再チャレンジしたいけどこれもまた難解だろう。強豪校のクリーンナップに対峙するピッチャーの気分である。

 同期と久しぶりに連絡をとった。彼はまだエントリーシートESを書いていないと言っていた。少しほっとしたけれど、ほっとしていいのかとも思った。私はみんなに仕事が向いていないと言われる。たぶん当たっていると思う。そもそも私が満足できて、雇用主も私に満足できるであろう仕事はかなり限られていると思う。出版社とかどうだろうって考えているけれど、まだ調べていない。というかずっと調べていない。

 篠山からの帰り道、Tは留学中の出来事を語る流れで、今考えている将来のことを話してくれた。院に進むかもしれない彼は着実に情報を集めているようであった。就活の情報集めも並行して行っているようだった。

 私は——大方の予想通り何もやっていない——どうすればいいだろう。ゼミの先生は院進を進めてくれた。留学にも行きたいなんて思っているけれどCOVID19が邪魔をしてくる。また休学するのも少し怖くて、早めに卒業したいと思うし、そろそろ高校の同級生のように働き始めないといけないとも思う。ああどうすればいいんだろう。わからないまま12月が来てしまった。2020年がもう終わるなんて信じられない。まだ何もしていない。

 世界時計が撤去される日は延期になったらしい。また猫の声が聴こる。 

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キャンパスのシンボル世界時計。10月。

【今日の音楽】

youtu.be

 

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