シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です 文章を書くのを仕事にするのが目標です。夢は世界一周です

#114 何でもない日々(1)

 

私の寝起きの悪さは7つの海と5つの大陸の津々浦々にまで轟くほど有名で、もし第三次世界大戦が起こるならそれは私の寝起きの悪さによって引き起こされるでしょう。あるシンクタンクの報告によれば、私の寝起きの良しあしが株価に影響を与えていることはほぼ間違いないそうです *1 

 

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冬の朝と鉄塔の街

 

 泊まりの勤務だった。障がいを持った人が利用するショートステイ。市が委託した社会福祉法人の運営する施設で私は働いている。働き始めて3年目がもう終わろうとしている。その朝は低血圧がひどくて、身体がうまく動かなくて使い物にならなかった。コロナの影響なのか利用者の数は普段よりも少なくて、さらには自立度の高い人ばかりだった。つまりいつもより「楽」なシフトなのだった。その日、朝にすることといえば、食事の配膳や食器洗い、見守りぐらいで、食事介助やトイレや着替えの手助けなどはなかった。そんな日に低血圧だったのは不幸中の幸いだったかもしれない。とにかく熱いコーヒーかホットミルクが飲みたかった。もちろん勤務中に飲めるはずもなく、代わりに私を待ちうけていたのは原付バイクで実家に帰る1時間の道のりだった。寒かった。家に帰ってもなかなか回復せず、結局日曜日は一日中寝て過ごした。夜に少しだけ本を読んだ。1週間前に読んだ時には好きになれなかった筆者の語りが、なぜか気にならなくなっていた。

 月曜日も起きれなかった。ずっと体温が低かった。昼過ぎに布団から這い出し、街に出た。クーポンがあったからマクドナルドでビッグマックを食べて、勉強をした。久しぶりに食べたからか、体調が悪いからか気分が悪くなって、勉強は全く進まなかった。マクドナルドから出た私は文房具屋とスーパーで買い物をして家に帰った。母親が帰ってきていた。ありがたいことにキッチンから美味しい匂いがした。カレーと豚汁だった。

 月曜日は5時間目だけ授業がある。時間が来て私はパソコンでzoomを起動させてパスワードを入力してバーチャル上の部屋に入った。M先生は若い先生なのだけど授業はとてもスムーズで、話も上手である。ロシアに関する知識も豊富でいろいろなことを教えてくれる。今学期に授業で使うのはロシア語の慣用表現を紹介するテクストと、YouTubeにあるロシアのドキュメンタリー番組の映像でどちらも興味深い。ただ、私は先週の授業まで丸々1カ月も月曜5限の授業をサボり散らかしていた。zoomの授業は一度休むと、次の授業に出席しにくくなる。私のような友達のいない生徒にとってはそれが難点だ。

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 1ヶ月間、毎週毎週、月曜日が近づく度に次の授業からはちゃんと出席しようと思っていた。でも予習の箇所がわからなかったり、テクストが難しかったり、自意識が邪魔したりして出席できなかった。月曜5限が来るたびにふて寝して、起きて自己嫌悪に陥るというのを繰り返していた。よくよく考えると私の人生はそんなことばかりだった。いろんなことがやりたいと思いながら一つのことができないと落ち込んでしまう。少しの失敗が尾を引いて、雪だるま式に膨れ上がり、やがて留年しなくてはならないほどになってしまう。今日やらなくてはいけないノルマが明日に引き継がれ、明後日に持ち越され、来週、来月、来年。そうやって物事を先延ばしにしてきた結果が現在である。やりたかったのにできなかったのか、できたのにやらなかったのか。不可能か怠惰か。中学受験、部活、大学受験、浪人、休学を決めて留年が確定した時、2回目の留年。フラッシュバックに次ぐフラッシュバック。

 

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母校

 一度は辞めようと思った部活に戻ると決めた後、毎日が新鮮だった。生き返ったような気分だった。もちろんしんどかったけれど、自分がまた部活に戻れたこと、周りが受け入れてくれたことが嬉しくて、走るのも筋トレも苦にならなかった。2カ月も経てば新鮮だった部活は日常になって、つらいことのほうが多くなってしまったけれど、それでもモチベーション次第で難易度が変わるというのは発見だった。

 話は少し変わるけれど、最後の大会となる公式戦まで1ヶ月を切った頃、自分が強いシュートを打てるようになったことに気付いた。パスを受けてドリブルで運びシュート。コースは甘かったけれどスピードがあったからキーパーは一歩も動けなかった。ゴールの中からボールを回収してまた列に並ぶ。パスを出し、パスを受けてシュート。今度も強いシュートがネットに突き刺さった。私のシュートが強くなったことに誰も気付いていなかった。嬉しくて、全員に言って回りたかったけれど、みんなは元々私より強いシュートが打てるのでそんなことはしなかった。その日の練習はたしか二部練とかで辛い日だったと思うけれど、面白いことにその日の練習は全く苦にならなかった。ただ、その日に掴んだ感覚は、次の日にはわからなくなっていた。何度打っても昨日のようなシュートは打てなかった。がっかりした。結局公式戦には最後まで出られなかった。

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従兄弟の家族と

 久しぶりの実家は温かくて、少しだけ泣きそうになった。隣に住む従兄弟の家族と食べる晩ご飯。食後のケーキと紅茶。いつものようにケーキをじゃんけんで勝った順で獲りあった。親たちは確実に老いているし、私も従兄弟も大人になっている。数年後にこの食卓に残っているのは一番下の従妹だけだろう。母と伯母は祖父の家と庭の今後について話し合っていた。「俺のお墓を守ってくれるか?」と事あるごとに私に訊く祖父は、死後も家を壊さないでほしいと願っている。でも築50年の家はもう修復できないほどに傷んでいる。年末になれば母と二人で祖父を訪ね、三人で新年を迎えるのだろうけれど、また祖母の不在を感じる年末年始になる。従兄弟たちが来ることがあっても2017年以前のように長居はしないだろう。おばあちゃんがいなくなってわが家の正月から会話も喧騒も同時に消えた。廊下に空いた穴や破れた網戸が目立つようになった。

 今から考えても新年は少し憂鬱である。しかし、そんな2021年の正月も2030年ぐらいになれば懐かしく思い出しているのだろう。幸か不幸か私はそういう人間である。

 

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踊り場と冬の夕日

 

【ひとこと】

(2)に続きます。時間がないです。

 

【今日の音楽】

youtu.be

 

 

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*1:

ユーリー・イシドロビチ・シュクスコイ『ロシア語学習者に送る9つの手紙』シベリア出版,2008,127