シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です

#109 めちゃくちゃな一週間 前編

 ジャンパーをクローゼットから出した。おしゃれな24歳が羽織る上着は「コート」なのだろうけれど、私が着るのはジャンパーである。そう、まごうことなきジャンパー。

 ポケットに手を入れると、去年のレシートが出て来た。ガソリンスタンドとミスタードーナツのレシート。しばらく考えた後で私はポケットから出て来たそのレシート達をゴミ箱に捨てた。めちゃくちゃな一週間だった。

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 木曜日髪の毛を染めた。ブリーチというやつをして青色を入れた。首元がひりひりした。ブリーチの白い泡は抜けた髪の色で段々黒くなるのだろうと思っていたけれど最初から最後まで白いままだった。脱色した後で青色を入れる前にシャンプーをしてもらったら気づいたら寝てしまった。昨日も一昨日もゼミの発表のためにたくさん論文を読んでいたのだ。論文を読んで、発表に必要そうなところを抜き出しているうちに収集がつかなくなって、でも論文を探すのも文章を書くのも楽しいから、テンションが上がって寝れなかったのだ。

気がついたら髪を乾かしてもらうところだった。やけに長いシャンプーだと思っていたけど私が仰向けになって気持ちよく寝ている間にカラーも終わっていたみたいだった。光に透かして見ると確かに青い色が入っていた。テンションがあがった。毛先だけだけど、なにしろ髪を染めるのが初めてのことだったから。髪を染めた状態で服飾史の教室に入るのはとても緊張していて、そんなのを24歳になっても感じている自分のが愛らしいと思った。でもトイレで髪をセットする時の手は震えていた。

 授業の後はゴビゴビ砂漠と一緒に珈琲を飲みながらゼミの課題をした。ゴビゴビも内定先に提出する自己紹介を書いていた。仲の良かった人たちは春がくるとどこかへ行ってしまうのだなと思った。

 簡単な発表なのに私は10枚もレジュメを書いてしまった。明日の発表に戦々恐々としながら寝た。

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A棟。このキャンパスは来年には取り壊される

 金曜日の朝、原付に乗って下宿から実家に帰った。金曜日の授業は全てzoomになっていたので帰ることにしたのだ。2限のマリーナ先生は体調が悪いらしく、最近はずっとオンラインだ。

 母は私が髪を染めたことに驚いていた。確かに私は自分の髪の色も質も気に入っていたけれど、でも一度は染めてみたかったのだ。今となってはどうして染めようと思い立ったのか忘れたけれど、私の人生ってだいたいそんな感じだ。伯母には髪色は高評だった。

 ありきたりな茶色や金色は嫌だったし、最初のカラーだから髪の毛全体を染めるのではなくて、一部だけ染めてオシャレにしたかった。スウェーデン語専攻の友達がオレンジのインナーカラーをいれてて、火曜日に同じ授業を受けている人が赤系の髪で、緑は自分に似合わないだろうから青色にした。一週間は鏡を見るのが楽しいだろうと思い、実際楽しかった。

 マリーナ先生の授業はzoomでも楽しかった。楽しかったけれどロシア語の聴き取りが難しくて、でも留学帰りの人は私よりうんとわかっていて、私もがんばらないといけないなあと思うけどなかなかうまくいかない。日揮がヤマル半島の天然ガスプロジェクトに関わっていることを今日の授業で初めて知った。天然ガスプロジェクトはネネツなどの先住民のトナカイの牧畜に影響を及ぼしているのだろうと思うけれど経済の授業ではそうした人たちのことまでは掬いあげてはくれない。

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黄緑の丸の中にあるのがヤマル半島

 そして実家は寒かった。下宿の18家賃27000円なら空気が温まるのは早いけれど実家ではすぐに空気が循環して冷えてしまう。手が震えてフルーツグラノーラを盛大にこぼしてしまった。震えたのは寒さのせいだけじゃなかった。発表の前で緊張していた。オンラインだから緊張することなんてなさそうなのに。情けないとは思い、一方で自分のそんな未熟さに笑ってしまった。

 案の定ゼミの発表はだめだめだった。『ロシア文化事典』の2章にある各項目を当てられた人が調べて輪読形式で発表していく授業で、私が担当したのは「狩猟・漁労・牧畜」という箇所だった。持ち時間は大体10分ほどで、長くても15分。なのに私はCiNiiで論文を片っ端から探して気づいたら15本も読んでいた。15本を15分に凝縮できるはずなどなく大失敗だった。私はこの効率化の時代に生きていけるのだろうか。

 オランダやイギリスが北米大陸に毛皮を求めて進出したように、ロシア人はシベリアを東へ東へと進み、17世紀中葉にはユーラシアの東の端へと到達してしまう。さらには露米会社という国策の会社がアラスカまで行くのだけれど、私はシベリアの民族がロシア人と出会い、世界システムの中に組み込まれていく過程が面白くて、本来語るべき「狩猟・漁労・牧畜」の内容からかなり逸脱して話してしまった。本質が掴めていない、とまでは思わないけれど要領が得ず歯切れが悪い説明だった。聴く方はつまらなかったと思う。なにより、交通整理の手間を先生にかけてしまった。

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レジュメの一部

 ロシア人、というかヨーロッパ人にとっての毛皮はもっぱら換金材料だと私は思っていたのだけれど、先生によればそれだけでは不完全だということだった。確かにクロテンやオコジョの毛皮は高い値で取引されたけれど、そもそも日本と比べて寒冷な気候のヨーロッパでは、冬には毛皮を着て寒さをしのがないといけなかったのだという。なるほど。

 発表の後で私は落ち込んでしまった。とっくの昔に克服できたと思っていた上がり症が、まだまだ全然治っていないことを知らしめられたからだ。がっかりだった。こんなに手が震えて頭が真っ白になるとは思わなかった。「もっとできたかもしれない」とか「元々ダメだったのだから」とかが頭の中に渦巻いておかしくなりそうだった。とにかく自己嫌悪がひどくて、早く家に帰りたいと思ったけれど既にリビングに座っているのだった。こういうモヤモヤは本来であれば学校から家に帰る間に整理がつくものなのだろうけれど、オンライン授業だと仕事や授業のテンションと家でのテンションをうまく切り替えることができなくて困る。家から出る前に服を着るとか、歯を磨くとか髪をキレイにするとか、そういうのは結構大事なのだたぶん。コロナ禍でたくさんのことに気づかされたけれどこれもその一つ。

 なんにせよこのまま家にいたらよくないことばかり考えてしまいそうだった。とにかく家を出てどこかに行こうと思った。図書館で本を借りてミスタードーナツに行った。半額のクーポンがあったので期間限定のドーナツを注文して席に着いた。金曜日の18時のミスタードーナツは商談をする人やラップトップで仕事をする人、資格の勉強をする人がいて、まだまだ週末の雰囲気ではなかった。私は疲れがどっと来て本を開きながら寝てしまった。モスクワのフォークロアの本は全然進まなかった。

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日本とロシアの口承文芸を研究している斎藤君子さんの本

 今年もロシア語のスピーチコンテストに出ようと思っていたけれどこの分だと無理かもしれないと思った。体がすっかり冷えていて、発表はもう終わったというのに息がまだ上がっていた。2年前に授業のプレゼンで大失敗した記憶がよみがえる。あの時は最悪だった。

 土曜日、バイトの後石橋でH君とご飯を食べた。土曜日の中環が混んでいることを忘れてバイト先でのんびりしていたら、待ち合わせに遅れてしまった。

 何食べようかと迷って、結局ガンガマハルに行った。ガンガマハルはこの街に住む大学生ならば一度は行ったことがあるであろう鉄板の店である。あ、鉄板というのは言葉の綾で、お好み焼ではなくインドカレーの店である。私が社会人になって——そんな日が来るとは想像もできないけれど——大学時代の味が何かと聞かれたらガンガの味を思い出すのだと思う。あるいはピノキオのナポリタンとコロッケか。

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私のスマートフォンにはガンガマハルの写真がいっぱい

 そういえばH君も髪を染めている。ピンク色だった時もあったし、今は色が抜けて金色みたいになっている。初めて会った時以来彼はずっと長髪である。クイズも大喜利もいろいろやってる彼は思想史や政治史に詳しくて色々教えてもらった。楽しかった。ご飯を食べ終わっても話すのが楽しいから散歩することにした。宝塚線に沿って歩いて、蛍池の近くにある業務スーパーでアイスを買ってまた石橋に帰った。そういえば今日はハロウィンだったけど、仮装するでもなくいつもと同じ日常だった。月がきれいだった。彼が教えてくれたDos Monosの音楽は家に帰ってから聴いたらとてもよかった。オードリーのオールナイトニッポンを聴きながら寝た。

 

【ひとこと】

中編に続きます。

 

 

【今日の音楽】

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