シゲブログ ~避役的放浪記~

ありゃりゃ、みつかっちゃったぜ。全部フィクションです

#82 言葉とか場所とか(1)『私小説 from left to right』

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アメリカに生まれていたら楽しかっただろうな」

かつて私の友人がそんなことを言った。私は同意した。私は中学生だった。毎日がどうしようもなくつまらなかった。引っ越し先の街にも学校にもなじめなかった私は親に命じられるままに中学受験をしたのだけれど、中学校も別にたいしたものではなかった。      

 小学校時代、同級生の野蛮さにはいらいらしていた。誰かをいじめたり、けんかや万引きを自慢しているのを見て、早く中学校に行きたいと思った。中学受験をすればこんな環境とはおさらばできて、もっと知的で教養のある友人に出会えるのだと思っていた。でもそれは間違いで、場所が変わっても同世代は馬鹿だった。教室を駆け回る彼らを見て、なんて幼稚なんだろうと思っていた。私はただ勉強し、そして本を読んでいた。そうすることで彼らに優越感を感じていた。優越感を感じながらも彼らのことが羨ましかった。少年なのに「少年らしく」ありたいと願う変な子供だった。トムソーヤーに憧れても彼みたいにはなれなかった。無邪気な少年時代は私にはほとんどなかった。

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歩道橋を歩くと小学校を思い出す

 映画を観るようになった時、アメリカの日常はは楽しそうだった。その国では自分を抑圧しなくてもいいように見えた。最初の頃に観た『SUPER8』や『リトルミスサンシャイン』『スタンドバイミー』に出てくる子供たちは私と違って主体的に行動していた。スクリーンの中に映し出される日常は生き生きとしていて、彼らと比べると、学校と家と塾を電車で往復するだけ生活は空虚でつまらないものに思えた。アメリカでは誰もが自分らしくいられるのだと思っていた。

 しかし私が抱える問題は私自身の問題であって、必ずしも日本の問題と言えるわけではなかった。昔も今も生きづらさの全てが、日本に生まれたことによるわけではない。そんな簡単なことでも気づくのには随分時間がかかった。

 でも次第にわかっていった。私が憧れる明るいアメリカだけがアメリカではないこと。そもそも私が最初にアメリカを知ったのが9.11だった。それからアフガニスタンイラクアメリカのやり方が何かおかしいというのはなんとなく感じていた。大学でロシア語専攻を選んだのも違う視点で世界を見たかったからだった。大学生一年目に受けた中東現代史の授業、そこで学んだアメリカの外交政策は滅茶苦茶だった。「日本人」の私にはおおよそ理解できないことだった。でも私がアメリカで育った「アメリカ人」で、学校で毎朝国家を斉唱するような幼少期を送っていたらイラク侵攻も当たり前だと思ったかもしれない。映画『Zero Dark Thirty』でアメリカ軍特殊部隊がビンラディンを殺害するのも当然と考えたかもしれない。たとえパキスタン政府に通告せずに特殊部隊が作戦を実行し、罪のない彼の家族もその作戦で死んだのだとしても。

 もちろん一口に「アメリカ人」といってもいろんな人がいる。私が「アメリカ人」だったとしても、その肌の色、信じる宗教、住む地域、親の年収と教育程度、その他の要因によって全然違う考え方をしていたに違いない。

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 当たり前だが日本にもいろんな人がいる。大和民族アイヌ、ウチナーンチュ、朝鮮半島にルーツを持つ人、中国にルーツを持つ人、ミックス、自分を何とも規定しない人、等々。1月に麻生副総理兼財務大臣が自身の無知をさらす発言をしたけれど、やっぱり「2000年の長きにわたって一つの国で、一つの場所で、一つの言葉で、一つの民族」というのは無理がある。技術を大陸からもたらした渡来人や、白村江の戦いの後に海を渡った百済の人々、阿弖流為アテルイ)の乱、明治政府がアイヌを迫害した歴史。そうしたものをなかったものにしてもらっては困る。彼が直方市で語った言葉からは、生まれてこのかたメインストリームにいて、自分が「周辺」にあるとは感じたことのない人間の傲慢を感じる。

「だから2000年の長きにわたって一つの国で、一つの場所で、一つの言葉で、一つの民族、一つの天皇という王朝、126代の長きにわたって一つの王朝が続いているなんていう国はここしかありませんから。いい国なんだなと。これに勝る証明があったら教えてくれと。ヨーロッパ人の人に言って誰一人反論する人はいません。そんな国は他にない」

 

 歴史やアイデンティティにしがみつくまでもなく「日本はいい国」と思える国だったらそれが一番いいのにな。

 もし「一つの民族」というのがそんなにいいものなら、どうして少子化対策をしないのかな。

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Tokyo 2019

 

 アメリカの場合、東アジアの島国と比べて、それぞれの人が来た道はより複雑だ。母親とよく観ていたフィギアスケートにもいろんな人がいた。キミー・マイズナーのような幼い私の「アメリカ人」のイメージに合致する人もいればクリスティーナ・ガオや長洲未来、カレン・チェンのように私と顔が似ている人もいた。ジョニー・ウィアーのように差別と偏見に立ち向かう人もいた。レイチェル・フラットのように学業を続けながら競技に打ち込む人もいた。私の周りでもLGBTQに対する知識はまだまだである。一流大学で勉強する傍ら国際大会にも出るような日本のアスリートは稀だ。ただフィギアスケートは「お金のかかる」スポーツなので、私が目にするアメリカのスケーターがアメリカのすべてというわけではないのであった。そもそも、もう「アメリカ」という言葉でひとくくりにできるものなど限られているのだ。

 

 

私小説 from left to right』はそんな「アメリカ」で育った水村美苗が主人公である。題名にも「私小説」とあるし、いくらかフィクションが混ざっているとはいえ、この本が作者水村美苗私小説であるのは間違いないと思う。もしこれがまるっきりのフィクションだったらそれはそれで面白いけれど、それではこの文章が成り立たないからその可能性は今は考えない。

 主人公の美苗は大学近くの部屋で一日中座っている。そしてアメリカに移り住んで以降の家族の来し方、母と姉と自分、そして自分の人生に登場した人物たちを取巻く運命を日がな一日考えている。外界とつながっているのは姉奈苗との電話だけである。博士課程に入るための口頭試験を控えているのだけれど、まだ踏ん切りがつかなくて、試験の日程を決めるのを数回先延ばしにしている。それでも勉強をする気になれなくて、日記と称した文章をコンピューターに書くことを憂鬱のはけ口にしている。まだ美苗のいる大学町には日本語のソフトウェアがなくて、だから彼女が書く文章は左から右へと進む。

 

 実際、今の私の日常は何もしないことに終始していた。机にまともに向かうのがそもそもつらく、朝起きたままの格好でマットレスの上に寝転んで必要文献を読もうとするのだが、とりとめのないことばかり頭に浮かんでくる。これではいけないと意を決してシャワーを浴び服を着替えてもそのあと髪をドライヤーで乾かしたりしたりするうちに、またぼんやりしてしまう。午後になれば雑誌やjunk mailが届くのでそれをいいことに読むともなく頁をめくっていると、もてあますように思えていた時間もいつのまにか経ってしまい、気がつけば日はもう暮れているのであった。夕食を済ませてふたたび文献を手にする頃にはじきに奈苗からの電話がかかってくる。くる日もくる日も不毛に送り、ひたすら口頭試験を先送りしているだけでは、口頭試験を受けるのはもとより、鼻先にある大学に足を踏み入れるのすら怖くなってあたりまえであった。

(中略)

 眠りが浅くなると昼間は考えないように努めていたことが次から次へと半分覚醒した意識にのぼり、ふと眼が覚めると、もう心がざわざわして寝られないのであった。時がとうとう本当にたってしまったこと、帰る家がもうアメリカにもないこと、母に捨てられたのも知らずに白い目を天井に向けホームのベッドに寝転がっている父のこと、母を捨て、ご苦労なことにSingaporeまで年下の男を追っていった母のこと、この先の奈苗のこと自分のこと——そのほか諸々の思いが私を襲い、枕の上から闇を見つめながらいつのまにかめそめそと泣いていることもあった。そして気がつけば朝の光がブラインドの横から漏れているのだった。

 主人公美苗の家族は彼女が12歳の時に日本を出てアメリカに来た。

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 (続きます)

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