シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#205 故郷になったかも知れない街

 先週銀行に来た時には実印を忘れて手続きができなかった。今日はちゃんと持ってきたし窓口が開く前にはしっかり並んだ。シャッターが上がりみんなぞろぞろ入っていく。開業前から並ぶなんて、皮膚科と整形外科以外でやったことないかも。
 この前の沖縄の飛行機なんて、離陸33分前に受付に駆け込んで、ぎりぎりピーチに乗り込めたようなあんぽんたんな人間なのだ私は。タイムマネジメントができていないせいで、ドイツのビザは取れそうにないし、働く場所もどこに行くのかもまるっきり決めていない。今日の銀行へ行くというイベント自体、何日も何週間も先延ばしにしていたものだ。沖縄旅行なら計画を立てなくとも大丈夫だけど、必要手続きとなれば、話は別だ。

 今だって、ほら、どこかにある国道沿いのアメリカンダイナーでコーヒーを飲みながら文章を書いているけれど、帰る時間も決めずにダラダラ居座っている。別に混んでいるわけじゃないからいいけれどもう3時間もメモ帳に日記にもならないメモを書いている。今日は銀行を3つハシゴした。

 最初の2つの銀行は地元。メガバンク地方銀行。やることは分かり切っていたから、待ち時間があっただけで、欲しい書類は手に入った。メガバンクの行内で、せかせかと動く行員を見ながら、自分と同じ年齢の可能性も十分あるよなあと思い、自分が何もしていないことに愕然とする。なんだか恥ずかしくなる。3つ目の銀行だけ他県にあって、車で向かう。
 
 ラジオはずっとバレンタインの話題ばかり。M-1グランプリに出ていた頃のスピードワゴン井戸田みたいに「甘〜〜い!」って叫びたくなるようなメロメロな曲たち。


 1時間半かけて行ったその街は私の好きなバンドの出身地である。ボーカルの歌うお城も城址公園の桜も拝むことができた。まだ蕾だったけど。この街出身の人が大学の同級生にいたなあって思う。顔はわかるのに名前を思い出せない人々が増えている。悲しい。もう驚いたりもしない。だって何年も会ってないからね。たまたま同じクラスにいたというだけだったのだ。

 私が書いた住所を見て、受付の人は「遠いところからわざわざ」なんて言っていた。県境を2つ超えて来たんだもん。すぐ来れる距離ではないよね。手続きを済ませてお店を出る。一応この街のおすすめの場所でも聞こうか。
「この街を一周してから帰ろうと思うんですけど、何かおすすめの場所とかありますか?」
「そうねえ、そんなに行くところはないけれど。お城とかどう?」
「お城ですか。じゃあ行ってみます」
おばさんは私の好きなバンドは知らないみたいだった。結構有名なバンドなんだけどな。

 幼少期に少しだけ住んでいた街だった。お城を登りながら、もしここが私の地元になっていたら、このお城で遊んだのだろうと思った。見慣れないこのお濠も、お城の中にある地元の進学校も、私鉄とJRの駅の間にある商店街と入り組んだ城下町も、きっとパラレルワールドの自分にとっては見慣れたものなのだろう。

 昔来た時と同じように、私鉄の駅前でコロッケを買う。お寺と神社ばかりの狭い道を歩いてJRの方へ。JRの方には自分が昔住んでいた家があり、3歳の私が音を鳴らして遊んだトタン板の壁があり、いつか遠い昔に遊んだであろう公園があった。畑や田んぼを潰してできたのであろう広い団地があって、そこも記憶にはないけれど小さい頃行ったはずの場所だ。下校中の小学生がたくさんいて、自分もこの中の一人だったかも知れない。そう思うと、ここまで来た自分の運命とあり得たかも知れない自分の運命を比べてしまった。あったはずの家族の物語、友達との関係。

 車に乗り込む前にファミリーマートでコーヒーを買った。公開が迫る映画の宣伝なのか、いつもと違うデザインのカップだった。
 県境の山を越え、また自分の知っている地域に戻る。途中で前から気になっていたアメリカンダイナーに入る。どうしてアメリカンダイナーって高いんだろう。でもでっかいハンバーガーが食べたいし、ポテトも食べたいし、コーヒーも飲みたい。本当はフィッシュアンドシュリンプとかがいいんだけど、メニューにはなかった。やってきたハンバーガーは大きすぎて、食べ方に迷った挙句ナイフとフォークで切って食べた。

 今日のことをメモに書きながらポテトを食べる。ケチャップとマスタードをたっぷりつける。アメリカンダイナーにはよくハインツのマスタードとケチャップが置いてある。小学校高学年の頃に母がハインツのケチャップを買ったことがあって、それ以来ハインツのケチャップは大好きだ。必要以上にポテトにかけて食べてしまう。それでも美味しい。なんでこんなに美味しいんだ。

 文章を書くという行為は不思議だ。今という時間を使って、今起こっていないことを言葉で表現しようという行為。今食べているポテトの美味しさについて書くこともできるけれど、数時間前に行った、私はお城の街のことを書いている。ああ、あの街で育ったらどんな人間になっただろう。そういった意味もないフィクションを妄想して、現実から逃避する。昔からの癖だ。きっと現実がつらかったから。自分がいた環境にずっと馴染めなかったから、だからそういう風にここではないどこかを夢想して生きるようになってしまった。それは少し悲しいことだ。
 文章に熱中していたら外はすっかり暗くなっていた。会計を済ませて駐車場に出る。ネオンが灯ってアメリカンダイナーがアメリカンダイナー然としている。FMラジオはまだ飽きずにバレンタインデーの話をしている。

 
 
【今日の音楽】
 
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