シゲブログ ~避役的放浪記~

些細な出来事、思い出、映画や音楽、フィクションと詩

#55 友達のバンド

 

 

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 221日(木)

 ライブに行った。心斎橋パンゲア去年9月に伊集院香織の弾き語りに行って以来、久しぶりのライブハウスだった。

 二日酔いから起きてスマホを見るとバンドマンの友達からラインが来ていた。「今日ライブじゃけえ、前売りのリストのとこに名前書いとるけえ、来んさい!」いや、これは嘘。彼は広島弁では喋らないし同じ市の出身である。本当は「都合が良かったら来て!」みたいな誠実で整ったラインメッセージだった。正直迷った。二日酔いでしんどかったからだ。家でまた寝ようとも思ったけれど、今日行かなければ二度と彼のライブには行けない気がした。もう夕方の5時で家を出ないといけない時間だった。でも頭がまだぼんやりしていてゆっくりご飯を食べた。ゆっくり用意をしていたら時間が無くなって、家から駅まで走った。心斎橋のライブハウスまでは電車で一時間。座席に座って本を読もうと思ったけど眠くて、スマホばかり見ていた。

 難波駅から歩く。道頓堀も心斎橋もおしゃれでうるさくて汚い。人間が生きている感じがする。お酒も煙草も飲めないけど、この街の居酒屋に入ったらなにか面白いことが起りそうだ、なんて思う。たどり着いたライブハウスも戸を引くとやっぱり煙草の匂いがして、髪を染めた受付の人がチケットとドリンクの券をくれた。もう一つ扉を開けるとそこはもう別世界。ステージがキラキラと光ってどっかんどっかんとドラムが鳴っていて、ボーカルの人がきれいな声で歌って、耳を澄ますとベースのブンブンという音も聴こえた。音楽に合わせて体を揺らすのだけど、コアな音楽ファンが多いだろうこの場に自分はそぐわないというか、場違いな感じがして、初めはあまり音楽に集中できなかった。周りにいる人たちも知り合い同士で来ているようで一人なのは私ぐらいらしかった。それでも体を揺らしていると次第にリラックスしてきて、女性ボーカルもちゃんと耳に入るようになったし、変わった位置にあるクラッシュシンバルが揺れるのも見えるようになった。

 

 大きい音に触れると心が動く。知らないうちに泣いていた。自分でも不思議だと思う。体は恐怖を感じているのか、それとも喜んでいるのか。ライブに行って拡張された音を聴くと、毎回自然と感情にうねりが起こる。涙がすうっと流れて、またすぐに乾く。

 いいバンドだなと思ったけれど、どういう風にいいバンドなのかわからなかった。ボーカルの声がきれいだとか、声が有名な誰々に似ている気がするとか、ドラムが楽しそうに叩いているとか、そんな断片的なことは様々に思うけれど頭の中に湧いたどの言葉も目の前のバンドを形容するのには十分ではなくて、やっぱり音楽っていいなあと思うだけにした。音楽で表現できないことがあるから言葉が生きて、言葉で表現できないことがあるから音楽が生きる。映像も絵も匂いもみんな同じだと思う。私は音楽を形容できるほどに音楽を知らないし、言葉も知らない。ただ「よかった」とか「好みではなかった」としか言えない。でももっと音楽を言葉で表現できたらそれはそれで楽しいだろうと思う。でもそれが幸せなのかはわからない。

 人のまばらな薄暗い空間も頭上を回るミラーボールも私にとっては異世界で、ライブの勝手もわかっていなかったし、そもそも今演奏しているバンドが何という名前かもわかっていなかった。タオルを首にかけた人影が右の方から歩いてきて私の前方でステージの音楽を聴き始めた。シルエットだけでわかるくしゃくしゃ頭が誘ってくれた友達だった。演奏が終わってからボーカルが何かしゃべってからはけて、また次のバンドが出て来た。チューニングとか何やらで時間があいて、その間にそのベースの彼と喋った。今のバンドが「SEAPOOL」という名前だということも知った。ジンジャーエールを飲むと炭酸が喉の奥で踊った。演奏前の友達は自然で、余裕があるように見えた。かっこいいなと思った。

 次のバンドもよかった。音楽っていいなあとまた思った。こんなにいいバンドが売れていないのはどうしてだろうとも思った。音楽が好きな友達が昔私に行った「売れるにはビジュアルも大事」という言葉を思い出した。音楽は音楽なのに、音楽をしたいから音楽をしているのに、音楽を続けるには見てくれも大事なんてそんなの不条理だと思った。私はきれいごとが好きなので、「本当に音楽が好きな『真の』ミュージシャンなら売れるとか売れないに関係なく音楽を続けるに違いない」と思っている。けれど、実際はそんな単純な話ではないと思う。好きなことを続けるにも、生きるにも、何にだってお金は必要だ。

 技術的な良しあしとか、○○というバンドの○○という曲に似ているとか、そういうのは全くわからなかったけど、聴いていていい音楽だなと思った。音楽の知識がたくさんあったらライブはもっと楽しめるのだろうか。

 

 友達のバンドはその次だった。チューニングをしにバンドのメンバーがステージに出てきて、10分か15分くらいの間、曲のかけらをかき鳴らして音を合わせてまたはけた。

 また照明が消えてバンドが出て来た。それが彼のバンド、ザ・リラクシンズだった。水色のさわやかなポロシャツを着たドラムがステージから降りて客席に入った。「もっと前に来いよ!!」みたいなことを言ってて、お客さんは1020人しかいないのに「盛り上げてこうぜ!」みたいなのをマジのトーンで言ってた。そんな絵にかいたようなバンドマンの言動は実際に目の当たりにするとちょっと怖かった。観客を煽って盛り上げていくステレオタイプ的なバンドマン達は、「ゆとり世代」とか「草食男子」とかそんな言葉とはまったくかけ離れていてかっこいいと思った。

 曲を演奏しているというよりも、彼ら自身をステージで表現しているように私の目には映った。ドラムとベース、ギターボーカルの三人は確かに音をかき鳴らしているのだけれど、ステージでとても動いた。何千人も集まるような大きなステージで演奏しているかのように動き回るのだ。それも無理に演じているわけではなくて自然に動いているのだ。昔のバンドみたいにステージの上でひっくり返りながらベースをかき鳴らすベーシストはもう私の友達ではなくて一人の表現者だった。線の細いボーカルもスティックをくるくる回しているドラムも、誰に強いられることもなくただ音とその向こうにある人間を表現しているのだった。かっこよかった。少し、いやかなり、うらやましかった。

 一応リラクシンズをいくつか予習して行ったのだけど、YouTubeと実際は違っていた。ライブハウスで聴いた音はうるさくて生き生きしていて否応なしに観客を惹きつけるものだった。いくつかの曲は確かに家のパソコンの前で聴いたのと同じものに違いないのだけれど、圧倒的な迫力のために全く異なるものに聴こえた。ボーカルの声はほとんど聞こえないし、ベースの彼はまるで観客がそこにいないかのように集中した顔で激しく動きまわっていて、ドラムも時々立ち上がったり叫んだりスティックを回したりしていて、大事なのはその場所に立っているという事実だけなのだという思いが私の頭の中には浮かんでいた。

 

 リラクシンズで集中力と体力を使い果たした私は次のバンドのことはあまり見れなかった。一応体を揺らしながら聴くのだけど、頭の中では他のことを考えていた。音楽に言葉は必要なのだろうかということをぼんやり考えていた。そんなことばかりずっと反芻していると意識は目の前のバンドから離れて行ってそのままライブは終わってしまった。物販でボーカルの彼からリラクシンズのCDを買った。それからベースの彼と少し言葉を交わしてライブハウスを出た。

 難波駅26番出口は人気が無くて無機質だった。そこだけロシアのSF映画の世界のようだった。家に帰ると母親が買ってきた団子が台所にあった。

 

 

〈付録~50年前の高野悦子~〉

 20196月末までの間、ブログの終わりに、高野悦子著『ニ十歳の原点』の文章を引用しようと思います。『ニ十歳の原点』は1969年の1月から6月にわたって書かれた日記なのですが、読んでいて思うことが多々あるので、響いた箇所を少しずつ書き写していこうと思います。何しろ丁度50年前の出来事なので。

 

四月九日

 空っぽだなあ。人からみると変った生活していて彼らをせせら笑っているのに、せせら笑っている自分と自分との距離があるのを感じる。その自分は何にもない空っぽの自分である。独り、独りだと思っているのは錯覚なんだろうか。そのことで自己を防衛する殻に閉じこもっているのかもしれない。

第二の性」を読んだら、どうしたって(性交で一体になったとて)人間は独りなんだと思った。恐ろしい。