シゲブログ ~避役的放浪記~

些細な出来事、思い出、映画や音楽、フィクションと詩

#51 ハテナを投げろ!

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 そして迎えた新年。うちは家族で集まるとすぐ坊主めくりをするのだけど、正月一日の午後になって「ボウリングに行きたい」なんて弟が言いだして。「ああめんどくさいこと言うなよ」と思った私が口を開ける前に父が「ストライク! いい考えや!」なんて叫んで、「いや全然ボールだよ、余裕で見送れるボール球だよ」って私は食い気味で返すけれども誰も聞いていない。弟は「いい加減坊主めくり飽きたー」と続けて、今度も「こちとらあんたよりも5年も長く坊主めくりしてるのよ。飽きるなんて生意気言ってんじゃない」と私が返すそばで、母まで「ボウリングいいわね」と同調して、30分後には最寄りのボウリング場で靴を借りていた。なぜか父は学生服を着ていて「お父さんが高校生の頃から使っているボウリング場だからなー」なんて訳の分からないことを言っている。ああうんざりだわ、と天を仰ぐとボウリング場に来たはずなのに空が見えた。頭上をボーイングが飛んで行った。この前ニュースでやっていた新型のやつかもしれない。

 父と私、母と弟で分かれて対抗でボウリングをした。どこで練習したのか弟はうまかった。投げ方も様になっていてサウスポーから放たれたボールは簡単にピンをなぎ倒した。生意気だ。高校に入ってサッカーをやめてぶらぶらしていると思ったら、さてはこいつボウリングで遊んでいるな。モラトリアム持て余し男子高校生め。勉強をしろ。この父と母がいつまでも元気でいると思ったら大間違いだからな。なんて思いながら横目で父を見ると、こっちは持ち方も投げ方もてんでなっていない。100%正真正銘のまごうことなきガーターである。オーバーなアクションで悔し顔を作る父の服はいつの間にか黄色に縦じまのタイガースのユニフォームに替わっていて、私は「ちょっとやめてよ、ここ名古屋よ、中日ドラゴンズのおひざ元よ」と言おうとしてやめる。さっきから誰も私の話を聞かないからだ。母は案外うまくてスペアを獲った。はじかれたピンが奈落の底に消えた。「うわあ、いきなり点差がついたなー」なんて頭を抱えているのは父で右手にスーパードライの缶を持っている。いや、ナイターを見ているんじゃないんだからさ、なんて心の中でぼやく。

 で、次が私の番。ボールがなかなか出てこなくて変な間が空いた。「母さんのボール、随分向こうまで行ったんだね」なんて弟がとんちんかんなことを言う。暗闇の向こうから「シュー」っという音がしてようやくボールが来たと思ったら出てきたのはつるつるとよく光る「ハテナ」だった。頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになって、家族の顔を見回す。ところがみんなはさもそれが当然のことであるかのように佇んでいる。「早く投げろよ」と言う弟。私はそこでようやく気が付いた。「ああ、これ夢なんだ」夢ならいいや。好きなことを好きなだけできるから。

 レーンに向き直るとピンに違和感があった。白い体に赤色の首輪をしているのはいつもと同じなのだけど、首輪の下に黒いまだらが二つ三つあるのだ。「お母さん、ちょっと眼鏡貸して」と言って眼鏡をかける。思った通りで、黒い斑点は文字だった。「単位」とか「就活」とか「卒論」といった文字がピンに書いてあって私はそれを倒さなくてはいけないのだった。失敗は許されない。ふうっと息を吐いた。精神統一。ずっしり重たいハテナを見ると、ご丁寧にも三つ穴が開いて指を差し込めるようになっている。父のスーパードライはメガホンに変わっていて、プラスチックの打撃音とタイガースのチャンスマーチがボウリング場にこだまする。他のレーンでボウリングを楽しんでいる人たちには聞こえていないみたいでほっとする。

 モーションをとって投げる。いい感じでリリースされたハテナは思い通りの軌道で進んでいくんだけど、同時に想定外の出来事が起きて、私はヒェッなんて情けない声を上げてしまった。ピンから突然にょきにょきとペンギンみたいな足が2本生え、よちよち歩き始めたのだ。顔のないピンたちがハテナの軌道を避けようと逃げるのは不気味な光景だった。何本かのピンが逃げ切れずに倒れ、「ニーーー!」と情けない声を上げた。倒れたピンが画面に大写しになる。それぞれ「卒論」「単位」「恋愛」「失せ物」と書いてあった。どうやら私は今年、無くしたものが見つかり、恋愛が成就し、無事に単位がそろって卒論も受理されるということらしい。私はもう一度レーンの奥の白いペンギンたちに目を凝らす。「卒業」というピンがあった。ということは卒業するにはあれを倒さなねばならないということか。配置が替わったためにさっきは見えなかったピンも見えた。「結婚」と「出産」という文字が飛び込んできてぎょっとした。「恋愛」をクリアできたというのにまだ「結婚」には至らないというのか。なんて不条理な世の中だ。ハテナが手元に戻ってくるのを待つ間じっくりピンを凝視した。中央右に構える「就活」はしっかり倒さないといけないなと思った。それからさらに右横にある「成功」もぜひとも倒しておきたい。何をもって成功と呼ぶのか非常に気になるところであるけれど、私の人生は私のもので、しかも一度きりしかないのだから成功するに越したことはないだろう。「+1」というピンも見える。これは倒したらもう一回投げられるってことなのかな。わからないのは「そば」というピンだ。側なのかお蕎麦なのか。倒したとして誰かの側にいられるということなのかお蕎麦にありつけるということなのか。このピンだけ本当に訳が分からない。倒しても倒さなくてもよさそうだ。でもそういう風に思うと、心の中に天邪鬼が現れる。倒してみて何が起こるか知りたいという好奇心も湧いてくる。

 返ってきたハテナはさっきよりずっしり重くなっていた。これが年月の重みか。昨日より今日、去年より今年の方が大事なのだ。

「紗季がんばれー」とかすれ声で母が叫ぶ。普段は聞かないかすれた声にびっくりして振り返ると母はワインをどこからともなく取り出してラッパ飲みをしていた。横で弟がニヤニヤ笑っていた。こっち見んなボケなす。相変わらず父はメガホンを叩いている。バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン。

 少し緊張していた。振りかぶって投げた時ハテナを掴んでいた手のひらは汗で濡れていて手元が少し狂った。予定と違う軌道で進むハテナ。逃げ惑うペンギンの出来損ない。手が滑ってリリースが速くなった分スピードがついて、ピンたちは逃げる時間がなかった。また聞こえる「ニーーー!」の三重奏。倒れたピンが短い脚を空中にジタバタさせているのを見ると若干申し訳ない気がしないでもなかったが、これは私の人生である。「妥協はするな」ってスティーブ・ジョブズも言っていたはず。

 スクリーンに映った文字は「+1」「そば」「出産」。ん? 出産! 出産?

 いけない。優先順位の低いピンばかりを倒してしまった。しかも「出産」ってなんだよ。私は結婚なしで出産することになるのか。そんな風に育った覚えはないんだけどな。「就活」と「卒業」という絶対に倒さねばならないピンを倒せなかったのに「そば」なんてよくわからないピンを倒してしまった。唯一よかったのは「+1」を倒すことができたということ。これがなかったら悲惨だった。まさに地獄に仏渡りに船。残る一投を大事にしよう。

「おい紗季、結婚なんてお父さんはどっちでもええねんでー」と酔った父が叫んでいる。父は怪しくなるとすぐ関西弁になる。子供に戻る。

「うるさい。出産したのに結婚しないなんて馬鹿なことがあるかよ」と叫び返す。

「紗季、別にいいのよ。あなたの人生を生きてーー」と言ってハハハと笑う母もすでに素面ではない。

 戻ってきたハテナはまた一層重くなっていた。手汗をしっかりぬぐい、右手でハテナを掴む。ずんと重くてまた置きなおす。

「王様ははだかだ!」と少年が叫んだあとに流れたであろう空気と同じくらい重いハテナ。投げるには集中力が必要だった。

 父は「六甲おろし」を歌いだし、母はワインボトルをラッパ飲みのまま飲み干した。自分の頭に血が上って顔が赤くなるのがわかった。私は今試されている。夢でも余裕がないなんてどうなっているのだろう。ここで「就活」と「結婚」を倒しておかないと、現実の世界でも就活と結婚がうまくいかなくなる気がした。

「姉貴、就活と卒業、倒さなくていいのかよー」と言ってヒューっと指笛を吹いた弟の顔が無性にむかついてくる。にんまりとした顔が私の目を捉えて離さない。カーっと上った血はまだひかず、得意満面の弟に向かって「うるせえ! ほっとけや!」と叫んだ。怒りと恥ずかしさのままに私はハテナをむんずと掴んでシャカリキで振りかぶった。絶対にあのピンを倒さないといけない。ふうっと息を吐いてまた吸って吐いてまた吸って。息を吐くのと同時に左足を踏み出してハテナを持った右手を後ろに引く。重くて肩が外れそうだ。右足を上げて重心を前に移動させる。右足をおろすはずが、あっと思う間もなく滑った。ブーっというブザー音。「失敗」の二文字が脳裏に浮かんだ頃、体はすでに宙を舞っていた。眼の端でハテナがガーターに突っ込んでくのが見えた。

 

 肩をポンポンと叩かれていた。知っている手だった。

「紗季、年越し蕎麦の具、何にするね? 鶏肉とにしんがあるけど?」「うーん」と私が呻くとやわらかい手は叩くのをやめ、スリッパのペタペタという音が台所の方へ去っていった。私はこたつで寝てしまっていたようだった。眼をこすって時計を見ると、まだ大晦日11時半を過ぎたころだった。テレビではダウンタウンがお尻を叩かれていて、それを見ながら父が餅を食べていた。傍らにはスーパードライがあった。「そういえば紗季、さっき大掃除したらピアノの下から万年筆出て来たぞ」そういって父はジャージのポケットから私の名前の入ったパイロットを出した。「これ、無くしてたやつだろ」

「ありがとう」と言って受け取る。と同時に台所に向かって叫ぶ。「お母さん、にしんそばがいい」「はーい」と返ってくる声。

 弟はテレビ画面に映るムエタイ選手を真似してキックの素振りをしていた。履いていたスリッパが飛んでいった。

 

 

 

〈付録~50年前の高野悦子~〉

 20196月末までの間、ブログの終わりに、高野悦子著『ニ十歳の原点』の文章を引用しようと思います。『ニ十歳の原点』は1969年の1月から6月にわたって書かれた日記なのですが、読んでいて思うことが多々あるので、響いた箇所を少しずつ書き写していこうと思います。何しろ丁度50年前の出来事なので。

 

二月二十四日(月)

 私には「生きよう」とする衝動、意識化された心の高まりというものがない。これはニ十歳となった今までズットもっている感情である。生命の充実感というものを、未だかつてもったことがない。

 私の体内には血が流れている。指を切ればドクドクと血が流れだす。本当にそれは私の血なのだろうか。