シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です 文章を書くのを仕事にするのが目標です。夢は世界一周です

#131 青春18きっぷの旅(1)

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  語りたいのに語れない。書きたいのに言葉が見つからない。そんな風にして記録されないままの感情が、心の揺れが、思い付きは私の頭の中で次第に風化していき、忘却のブラックホールに吸い込まれていく。先週、いやもう先々週のことか。青春18きっぷで旅行した。朝早くに家を出て、東京まで。途中の豊橋で動物園に行き、静岡でさわやかのハンバーグを食べ、上野駅の近くで銭湯に浸った。大学の卒業式の次の日で、気持ちがふわふわしていた。「大学を卒業しました」「4月からは社会人として東京で働きます」みたいな文字がSNSに並んで、それを見ているとしんどくなってしまった。自分がいつまでたっても同じ場所にいて、誰からも置いてけぼりにされている気がした。自分はわがままで欲張りで本当にダメなやつだなと思った。苦手なものを嫌いなものを避けて避けて来た結果、こうなってしまったのだけど、こうなった以上は後戻りは難しそうだった。電車は滋賀から岐阜に入ろうとしていた。いつか見たような景色が窓の外には続いていた。向うの山には桜の花が見えた。旅行するにはちょうどいいタイミングだったなと思った。長く生きて良かったことは、知り合いが増えて、どこに行っても、たいがい誰かの出身地を通るようになったことだ。その土地に行けばその人のことを考えられる。名古屋に行くついでにサークルの先輩だった人の出身高校に寄ってみたり、駅名を見て、誰かがここ出身だったなあなんて思い出したり。その時間はとても幸せで、思い出の中でうっとりしてしまう。こういうの結構みんなもしてるんだと思ってたけどそうでもないらしい。この前友達と話して知った。

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 ばあちゃんが死んだのはこの季節で、だからなのかわからないけれど、この時期は少ししんどい。おばあちゃんに言われた言葉とか小さい時に叱られたこととか、そういうのが自分の自信のなさや卑屈さにつながっているんだろうとか、そういうのを考えてしまう。最近はずっと。父がひとつも連絡をよこさなかったことや、父方の家族に建て前だけの言葉で絶縁されたこととか。良くない思考が始まってしまう。でもそれは一度始まると無限にループしてしまう。やめられない、とまらないカルビーかっぱえびせん

 二川駅というところで降りて豊橋市総合動植物公園、別名「のんほいパーク」に行く。ペンギンを見に行ったのだけれど、ガラスの奥のペンギンは狭い場所に閉じ込められて可哀想だった。ジェンツーペンギンもオウサマペンギンも、ミナミイワトビペンギンも縮こまっていた。やっぱペンギンは野生に限るな、なんて思ったけれど野生のペンギンなんて見たことがない。いつか南極のどこかでペンギンが見られるような人生になったらいいなと思った。

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 ヘリコプターは次第に高度を落とす。極地にしては珍しく晴れた日。氷の上はきれいな白色。ヘリコプターの回転するプロペラが積もった雪を吹き飛ばしている。ペンギンたちは、遠巻きにこちらを見ている。人間に慣れていないのだろう。一行が着地したヘリコプターから姿を現すと、好奇心旺盛な2羽のアデリーペンギンが近寄って来た。「手を出したりしてはいけない」というコーディネーターの言葉を思い出しながら、私はそのふわふわツルツルした白黒の鳥を抱きしめたい衝動と戦っている。彼らの羽はツヤツヤしていて、泳ぐのに適しているのが目に見えてわかった。脂が浮いた羽毛は太陽の光をキラキラと反射させた。ようやくここまで来れたと私は思った。あの日豊橋市の動物園でペンギンを見て以来、野生のペンギンを見ることが私の夢だったのだ。

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 野生でないペンギンにがっかりしてしまった私は園内をもう少し歩くことにした。鳥類のコーナーではセキレイメジロなどもいて、なんだか可哀想だなと思った。サルのデッキにはダイアナモンキーの家族が身を寄せ合って寒そうにしていたし、ホンドギツネは同じ所をぐるぐると回っていた。小学校高学年くらいの女の子が1人で狐を見ていた。狐の尻尾はふさふさしていた。その横ではハクビシンがごそごそと動いていた。雨がぽつぽつ降ってきてなんだか疲れてしまった。途中で駅に戻ることにした。最後に寄った入り口近くの植物園は良かった。電車が来て、終わらない東海地方の旅が幕を開けた。あとで調べたらネコ科のサーバルものんほいパークのどこかにいたみたいだった。サーバルは見たかった。

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 中学時代の同級生から返信が来て、静岡を通るなら岳南鉄道とさわやかがいいと教えてくれた。岳南鉄道はさすがに時間がなさそうだったので、さわやかに行くことにした。静岡駅の北側には大きなバスターミナルがあって、まるでどこにでも行けるような気がした。春休みに連れだって静岡駅まで出て来たような中学生の女の子たちがスタバのカップの写真を撮った後で走ってバスに乗り込んでいた。いたるところにさくらももこの絵があって、学校のグランドでサッカーをしている子たちもうまくて、ああ静岡だなあって思った。初めて静岡を歩いた。
JRから少し歩いたところに静岡鉄道の新静岡駅というのがあって、そこの駅前ビルの4階にさわやかはあった。ハンバーグと鶏のステーキみたいなのを食べた。脂が飛ぶからテーブルの上には紙が敷かれていて、そこに書かれていた内容によれば、今静岡ではいちごが美味しいらしい。静岡県でいちばん大きな農園は掛川市にある「赤ずきんちゃん」という農園で、そこで獲れる紅ほっぺという品種が、旬なのだという。うまくできとる。

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 駅ビルの中は香水のような柑橘系の匂いがしていた。東南アジアのホテルのレセプションとかにありそうな匂い。

 去年18きっぷで静岡を通った時は、富士山がきれいに見えた。今はもう夜で、曇り空と富士山の境界が曖昧だったから、なんだか大きな蜃気楼に思えた。不思議な光景だった。この電車に乗っているほとんどの人にとっては富士山の姿は日常なのだろうと思うと、それも不思議な感じがした。午後に動物園に寄っていなければ岳南鉄道に乗って富士山を見ていた可能性もあった。

 上野駅は人がいなかった。人がいないのに音声案内がうるさかった。COVID19のせいでレストランやカフェは営業が夜8時までになっていて、マクドさえも閉まっていた。『JR上野駅公園口』を私はまだ読んでいないけれど、読んでから来たらまた違うことを思うのだろうなと思った。卒業式が終わったのか紙袋に入れた花束を持ち歩いている集団にいくつか出会った。

 木曜日は空気階段がラジオの収録をしているだろうから、TBSラジオで出待ちをしようかと思ったけれど、赤坂に行く元気はなく、そもそも赤坂と上野の距離感もわからないから結局やめた。銭湯には数人しかおらず、上野駅も客引きがほとんどいなかった。ネットカフェでアイスクリームをたくさんコップによそったり、ドリンクの美味しい混ぜ合わせを探しているうちに疲れて眠ってしまった。東京は何にもないように見えて何でもそろってるなあ。なんて気を失う前の一瞬に思った。

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【今日の音楽】

友達に教えてもらった曲 

youtu.be

 

 

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