シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#40 匂い、時々おなら

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 友達に貸した本が帰ってきた。ページをめくるとかすかにその人の匂いがしてちょっとだけドキドキした。私には見当もつかない香りである。多分シャンプーとかヘアスプレーとかそういう匂いなのだと思う。あるいは部屋に置いてるアロマの香りとかそんなのかもしれない。いつか本人に聞いてみたいけど、いざ聞くとなるとやっぱり恥ずかしかったりする。

 

 人それぞれ匂いがある。自分自身の匂いは、自分ではもう意識できないほど当たり前のものになっているけど、どんなに微かでも自分の匂いというものがある。個人差があって強烈な人もいればほとんど無臭の人もいる。同じクラスの同級生の友達で1人、かなりビターな匂いを放つ人がいて、良くも悪くもない変わった匂いだった。ホリスターばかり着てる彼の体臭は、強いていうならば濃い麦茶と濃いコーヒーが混ざった匂いだった。不思議なことだが、初めは違和感でしかなかったその匂いは仲良くなるにつれて段々と気にならなくなった。それどころか、彼が留学に行く前にはその匂いだけで切ない気分になってしまったのだ。単なる慣れと、それから彼が周囲に安心感を与えるタイプだったということが理由であると思う。私は大学であまり友人を作れなかったが、彼の前では素に近い自分を出すことができた。彼の下宿には何回かお邪魔して、泊まったこともあったけれどその匂いがなんなのか究明することはついにできなかった。彼は毎朝コーヒーを淹れていたが、あの匂いはそれだけじゃなかった。もっと複雑な何かだ。

 潮江に住んでいた時 ——ダウンタウンが育った街だ——カホちゃんという友達がいた。彼女の家とは家族ぐるみの付き合いをしていてよく彼女の住むマンションにお邪魔した。彼らの住む部屋もやはりいい匂いがした。不思議な香りで、ロマンチックに例えるなら、夏の早朝、うす青い空に広がる白い雲みたいな匂い。一度カホちゃんから日本の民話が書かれた素敵な本を上下巻2冊借りたけど、そのページの隙間からも同じ香りがして、私の住む部屋に戻ってからもその香りはずっと消えなかった。もちろんカホちゃんもその匂いがしたし、彼女の妹も、両親も同じ香りを纏っていた。なんの匂いだったのか最後までわからずじまいだった

 

 親しい人なら知っていることだが、私のおならはすごく臭い。ひどい時には硫黄に似た匂いがする。自分のおならがとりわけ臭いことに気づいたのはみんなでキャンプに行った時である。従兄弟の家族とカホちゃんの家族と岡山かどこかそっちの方に向かう道中であった。キャンプ場に向かう車内で私はおならが我慢できなくなった。祖母と同じで私も腸が弱くてすぐおならをしてしまう。ステップワゴンの2列目に乗っていた私は我慢しようと思うけれどもどんどんお腹が痛くなってゆく。ちょうどトイレ休憩を済ました後で、次に車が止まるのはキャンプ場であった。自己との闘争の末白旗を掲げた私は音を殺して放屁した。頼むからバレないでくれ!  しかしそこは密閉空間。芳しい香りはまたたくまに各々の嗅覚に到達し、誰かが悲鳴をあげた。必死に平静を装う私。だが私は嘘をつくのが下手ですぐに仮面を剥がされてしまう。魔女裁判が始まり、その日の夜のキャンプファイアでは、タールを塗りたくられた私が全身に鳥の羽をつけられた後、ジリジリと焼かれることになった。ご存知のかたもいると思うが、それ以降私は実体の無い亡霊として永遠にこの世をさすらうことになった。亡霊であるのも意外と便利なもので、亡霊はこうしたインターネット上のブログやSNSといった電脳空間を自由に泳ぐことができるのだ。だからこうして私もブログを通じてあなたに語りかけることができる。なかなか悪くない。ちなみに、死の間際に私が放ったセリフは「まだブラックコーヒーを飲みきれたことがないのに!」というものだった。我ながらセンスが無いと思う。

 

 冗談はさておき、おなら問題は私にとって永遠の課題であるようだ。狭い場所にいる時や環境が急に変化した時など、ストレス下にあると便意ならぬ屁意をもよおしてしまう。

   最悪なのは高校の部活だった。他の部活との兼ね合いでグラウンドが使えない時や雨の日はみんなで筋トレをする。だいたいメニューは決まっていて体幹を鍛えるトレーニングは毎回やっていた。狭い場所でぎゅうぎゅうになってやる筋トレは私の腸には脅威でしかなく、キューバに配備されたソ連製ミサイルの如く私の腹部にプレッシャーを加えてゆく。体幹を鍛えながら放屁することが何回もあってその度に申し訳ない気分になった。楽だったのは通っていたのが大阪の高校で、ちゃんといじってくれるチームメイトがいたことである。いじってくれなかったらと思うとぞっとする。

「おいなんか臭いぞ。シゲ、へえこいたやろ」「いや、おれちゃうわ」「嘘やろ確かめたるわ。おい〇〇(後輩の名)匂ってみろ」「クンクン、、、うぐ!」

 これがおきまりの流れだった。自分の体幹に思いを馳せていると、気づくと自分の周囲だけ人がいなくなってたりした。あるいは私のせいで冬なのに換気をしないといけなかったりした。高校生は本当に馬鹿だ。あまりの臭さに私の腸内環境を大真面目に心配してくれる優しいチームメイトもいたし、お前は食べ物を飲み込む時にお前は空気も一緒に飲んでいるのではないかと指摘してくれるちょっと変わったやつもいた。

 かくして私は「おならキャラ」として時代を築いたわけであるが、臭いのは私の着るトレーニングウエアも同様なのだった。私は「メンバーの嗅覚に訴える存在」としてベンチを温め続けた。いじってくれるだけみんな優しかったのだと思う。

 まあ、正直なところ他の面子だって汗臭いトレーニングウエアを着ていたし、そもそも筋トレをしている床自体、歴代のサッカー部の汗を吸っていて汗臭い場所だ。みんな感覚が麻痺していたのかもしれない。

 毎朝朝練があった。運動して汗で濡れた服はそのままハンガーに吊るしてロッカーの窓枠や格子にかけ、着替えた私たちは1限に向かう。ミニゲームで負けると最後のトンボがけをしないといけなくて、着替える時間が無くなることもある。そういう時はそのままの格好で授業に行かなければならなくて、午前中を汗びっしょりのまま過ごす羽目になった。めちゃくちゃ臭かったと思う。当時のみんな、ごめん。

 

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 一時期私は漢方の先生にかかっていたことがあり、煮だした漢方薬をペットボトルに入れて学校に持っていた。「臭い」「苦い」「色が汚い」と三拍子揃ったその液体は仲間内で罰ゲームに使われたりしたけれど、私は美味しいと思ってぐびぐび飲んでいた。ある時、誰かか「シゲが臭いのは漢方のせいだ」という説を唱えるやつがでてきて、ペットボトルの中のくすんだ灰色の液体はますます嫌われるようになった。私は「そんなことはない」と断固とした態度をとり、以前にも増してぐびぐび飲むようになった。体調はちょっとだけ良くなった。漢方と私の体臭に相関関係があったか、今となっては知る由も無い。

 

 昼練がある日は——確か月水金だったと思う——昼休みの20分弱、体幹レーニングするのだけど、朝掛けた服が乾いてたらまだいい方で大概まだ湿っていて汗臭くなっている。みんな感覚をゼロにして体育館の2階に向かう。たまに運動着を2枚持ってくる用意周到なやつがいて、そいつは涼しげな顔で体育館シューズに履き替えている。

 昼練が終わるとロッカーで着替え、服をまた干す。そして放課後になるとまたその服に着替えてスパイクを履いてグラウンドに歩いていく。

 たまに掛けたはずの服が無くなっている。大抵の場合、風に飛ばされてロッカーの下の芝生の上や隣の建物の間に落ちているのだけど、半年に一度くらい本当に服が無くなっていることがある。周囲を見ると、自分以外の服も無くなっている。

 どうやら生徒指導部の手入れがあったようである。何が楽しいのか生徒指導部の体育教師は汗臭い運動着を集めるという悪趣味をもっていて、来客が来るわけでもないのに「見栄えが悪い」などと難癖つけてロッカーで干されてある体操着を没収してゆく。そうなると我々は教官の待つ体育準備室まで取りに行かなくてはならない。

 

 先生の前にある青い箱の中には様々な体臭がコレクションされていて、律儀にも畳んである。我々は「ちゃんと挨拶せえ」とか「日頃から目につくぞ!」などといったもったいない金言とともに服を返してもらう。そして半年後また服を取られる。

 たまに没収された服を取りに来ない不届き者がいて、彼らの私物は体育準備室の半永久的なコレクションになってしまう。その場合、彼らは洗濯さえもしてくれる。なんて優しいのだろうと思う。

 不思議なのは「山本」とか「吉田」という刺繍の入った学校指定の体操着やジャージまでも半永久コレクションとして保存されていることだ。全校の山本さんや吉田くん一人一人に尋問していけば持ち主がはっきりするだろうに彼らはそうしない。あくまで生徒の自主性を重んじるのだ。ああ、素晴らしきかな自由の校風!

 

 匂いについて考えていたらついつい高校時代の様々を思い出してしまった。今の私がどんな匂いかはわからないけれど、高校時代の私の匂いよりはいいものになっていると嬉しい。高校時代、私の周囲にいた人の中には多分本気で嫌だった人もいると思う。本当にごめんなさい。大人になるにはこういう一つ一つの気配りが必要なのかもしれない。これからも日々精進していきたいと思う。

 ずっと座ってこれを書いてたらちょっと疲れてきた。なんかお腹が張ってるな。片尻上げてみるか。