シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#20 雨の日に考えたこと

 

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 タイの洞窟にサッカークラブの少年とコーチが閉じこめられているらしい。一人の誕生日を祝うために洞窟に入ったら出てこれなくなったという。一度入った洞窟から出れなくなるなんてそんなわけあるかよと思ったけれど、洞窟に入った後に大雨で水位が上がって出られなくなったのだという。頭の中でもうおぼろげになってしまった高校地理が正しければ、タイは熱帯モンスーン気候だったはずだ。雨期には日本人が想像できないくらい雨がふるのだろうか。

 世界各地から彼らに応援の声が届いている。チリの鉱山事故の生還者も、ワールドカップの戦いを終えた日本代表も動画やコメントでメッセージを送っていた。ロナウドをはじめ、欧州の選手もメッセージを送っていた。洞窟の避難場所にどうやって届くのかはわからないけれど、彼らの勇気になればいいなと思う。私は洞窟内に取り残されたことがないけれど、それでも暗闇にずっといないといけない辛さは想像できる。

 

 

 日本もこのごろずっと雨だ。かなりの大雨で各地で被害が出ている。どこどこで人が流されたとか、なになに川が氾濫したとか、そういうニュースばかりだ。嵐山の渡月橋も雨で通行禁止になっていた。常寂光寺も竹林も大丈夫だろうか。嵐山に住んでいる友達から送られてきた桂川の写真には濁った水と所々に水面から顔を出した木々と建物しか映ってなくて心配になった。ツイッターを開くとやっぱり雨のことをみんな呟いていた。はじめは大学の坂を流れる水がまるで川のようになっている動画や休講情報、ネタツイが多かったのだけど、段々「家の近くの道路が冠水した」とか「広島の実家がやばい」という話が多くなってきて、避難指示の情報などが出回るようになってきた。大学の授業も休みになった。家にいてテレビをつけてもずっと大雨のニュースだった。日本地図と降雨レーダーの図を山ほど見た。

 

 

 そんな大雨のテレビに飛び込んできたのは、オウム真理教信者で死刑囚の7人が死刑執行されたニュースだった。号外が配られる様子が画面に映し出され、遺族代表が会見を開き、ジャーナリストや専門家がしゃべっていた。違和感があった。「死刑執行」の文字だけが先走りしているように思った。「速報」にすることにも、号外を刷ることにも意味があるとは思えなかった。罪を犯したとはいえ、人が死んだのだ。それを「速報」とするのは軽々しいのではないかと思った。

 遺族の人が「23年以上苦しめられてきました」というようなことを言っていた。でも死刑執行で苦しみが終わるわけではないと思う。おそらくこれからも苦しむことがあるだろう。死んだ人は戻らないのだから死刑は気休めにさえならないはずだ。殺人事件が起きた後、よく遺族の「死んで償ってほしい」という趣旨のコメントが報道されるけれど、そんな単純な話ではないと思う。心の中にはたくさんのものが逆巻いていて、ようやく絞りだされた言葉だけ一人で歩いてゆくのではないだろうか。

 広島で昔、ペルー人の男が小学一年生の女の子に性的暴行を加えて殺した事件があった。段ボールに入った遺体が発見されて、一週間後に犯人が逮捕された事件。私はその時たまたま入院中で、病院の暗い部屋でそのニュースを見た。裁判では初犯なのか再犯なのかということ、そして計画性があったかどうかが争点になった。検察側は死刑を求めたけれど結局犯人は無期懲役になった。死刑を求める署名もかなりの数が集まっていたと思う。

 忘れられないのは「死刑を求めているが、被告の命も誰の命も大切なものであると次第に思うようにもなってきた」という趣旨の父親のコメントだった。そのコメントを読んで——あるいはラジオで聴いたのかもしれない——感じたことはなかなか言葉にできない。父親は裁判を通じて死刑を求めていて、署名も集めていた。立場上は被告の死刑を求めている人だった。けれど一方では「憎しみ」や「悲しみ」という言葉だけでは表現できない、まだ名前もついていない感情を山ほど抱えていたのだと思う。

 

 (※この文章を書くにあたって、お父さんのコメントをインターネットで探しましたが、確かなものは見つかりませんでした。もしかしたら上記に書いたような趣旨のコメントは記憶違いで実際にはなかったかもしれません。間違いであればコメントなどをください。繊細なテーマなので間違いがあれば訂正したいと思います。)

 

 7人が死刑執行されたという話の後には、別の裁判のニュースが流れた。去年の3月に松戸市ベトナム国籍の女の子が殺された事件だ。逮捕されたのが保護者会の会長だったのが衝撃だった。この事件をテレビで知ったのも病室だった。おばあちゃんと二人で見ていた。私はテレビを切りたい衝動にかられた。死期が近い人にそんなニュースを聞かせたくなかった。いつもならニュースについてなにか言うおばあちゃんがその時はなにも言わないのが悲しかった。テレビ画面には女の子の写真——これでもかというぐらいアップになっている——が映っていた。判決は無期懲役だった。

 

 

 タイの話に戻るけれど、残念なことにダイバーの一人が作業中に亡くなったという。海外メディアのネット記事によると、洞窟の入り口から13人のいる場所まではだいたい4、5キロぐらいの距離があるそうである。重い物資を運んで泳ぐのは訓練を積んだ人間にとっても大変のなだろう。洞窟の中だから視界も悪いのかもしれない。そのダイバーは元軍特殊部隊の隊員で、除隊後はバンコクスワンナプーム空港で働いていたという。23日に洞窟に13人が閉じ込められているニュースを聞いて、ボランティアとして救出作業に参加していたそうである。

 彼の死を無駄にしないように、作業チームはより一層救出に力を尽くすと思うし、より一層命の重みを大事にすると思う。13人はダイバーが亡くなったことを知ってどう思うのだろうか。心理的負担を減らすために洞窟の中では知らされてないだろうが、いずれ知るだろう。でもまずは無事洞窟から脱出してほしい。それから心理的なケアも受けてほしい。

 

 

 大雨はやっと降りやんで、でも列島全体で何人もの死者が出た。死者は100人を超えそうである。行方不明の人もたくさんいるみたいだし、見つかるのが何週間先になる人ももしかしたらいるかもしれない。 

 死者の数が報道される度に私は命の軽重を考えてしまう。タイでは13人を救うためにたくさんの人が努力を続けていて、1人の人が命を落とした。無差別テロを起こした死刑囚7人の死刑が金曜日に執行されて、同じ日に1人の女の子を殺したとされる人に無期懲役が言い渡された。紛争地域では——例えばシリアやイエメンでは——今日も戦闘や爆撃が起こっていて何人もの人が死んでいる。まだ全容がわかっていないけれど日本各地では何人もの人がこの週末に亡くなった。そして私は今自宅でニュースを見ながらコーヒーを飲んでいる。不公平だなと思う。

 私の住むところも、私の家族も無事だったが、それは本当に幸せなことなのだと思う。倉敷の人も呉の人も高山の人も、それから報道されていない場所の人もみんな無事であることを祈る。もちろんタイの13人も無事に救助されることを望んでいる。結局のところ私にはそれしかできない。

 

 

 しかし本当にそれしかできないのだろうか。

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