シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#29 台中小旅行 その1~パーティー~

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 1か月前、台南でサマースクールにいた時の話です。週末はサマースクールは休みなので、8月の11日と12日、私は台中へ小旅行に行きました。その時のことをつらつら書いていきます。

 

 810日金曜日。

 夜。寮の部屋に集まってみんなでパーティーをした。原付を持っているミンとダニエルが、雨の街で、ピザとフライドチキン、ジュースとビールなんかを買ってきてくれてそれをみんなで食べて飲んだ。私にとっては久しぶりのパーティーで、私なりに羽目を外した。ベトナムインドネシア、台湾、韓国、日本、中国、香港。いろんな国籍の学生が狭い一室に集まって喋っている。その事実に感動したし、そのことだけで私はぼーっとした。

 ノリのいい音楽をかけようとして、友達のパソコンからRex Orange Countyを流したんだけどどうも盛り上がらなくて結局blurマイケミを流した。途中で調子に乗ってボンジョビIt'smy lifeも歌った。普段から酔っぱらったような言動をしているけれどお酒を飲んで私はすっかり気持ちよくなっていた。マンゴー味とブドウ味のビールを味見して、瓶のビールも飲んでみた。お酒はあんまり味がわからないのだけれど、ダニエルが言うように瓶のビール——「生ビール」とダニエルは言った——の方が飲みやすかった。

 ベトナムの映画の話、北海道の旅行の話、お化けの話、おいしいご飯の話、ホーチミンの話。たくさんの話をした。私は全員の話を聞きたくて輪から輪へと行ったり来たりしていた。あっちではベトナムの話、こっちでは医学部同士の話、こちらの椅子では日本語と中国語の違いについて。台湾人のダニエルはめちゃくちゃ日本語が上手いのだけれど、彼は日本語をアニメやドラマを見て学習したらしい。普通に私と会話できるようなレベルなのに驚いた。ミンはベトナム語を勉強しているのだけれど、彼はパーティーにまで教科書を持ってきてベトナム人に教えてもらっていた。彼は本当にいいやつで、私がサマースクールで初めてしゃべった一人である。最初の昼食の時間、幸運にも私は彼の隣に座ったのだった。私が大学での勉強について聞くと、彼はベトナムでの就職を考えてベトナム語を勉強していると教えてくれた。ベトナム人が台湾に嫁いだり、働いたりしているのは知っていたけれど、逆に台湾人もベトナムで働いたりするのだと知って驚いた。私も一応は大学で言語を学んでいる身だから親近感が湧いて、仲良くなった。最初の日曜日に一緒に球場で野球を観たし、サマースクールが終わってからも高雄の街で遊んだりした。インドネシア人のリアーナとも仲良くなった。彼女ともいろんな話をした。

 人生がこの一室で交差してまた分かれていく。酔った頭のせいで私は迷路の中で途方に暮れているような気分になった。でも何より大事なことはこの場所にいて自分が楽しんでいることだとも思った。それくらい楽しい夜で、1年に1回あるかないかぐらいのものだった。

 

 

 パーティーは真夜中に終わり、酔いがさめてきた私は台中へ行く準備をした。着替え、ノート、タオルと洗面用具をリュックに詰め込む。同じ大学から来たUと話し込み、寮の部屋から1階のロビーへと場所を変えてまた話し込んだ。そうして時間が来て私は早朝の便に乗るためにバス乗り場へと旅立った。

 夜道を私は歌いながら歩く。誰もいない交差点。さっきまでの雨で濡れた路面は信号の青を反射させる。

 サマースクールの間中、どうしてだか私は松任谷由実の——その頃はまだ結婚してなくて荒井由実だったけれど——「ルージュの伝言」をよく歌っていて、バス乗り場までの道中でも私は歌った。旅行へと繰り出す今の自分にピッタリな歌詞だと思った。同じジブリ作品に出てくる歌ということで加藤登紀子の「時には昔の話を」も歌った。

 

小さな下宿屋にいく人もおしかけ

朝まで騒いで眠った

嵐のように毎日が燃えていった

息がきれるまで走った そうだね

 

線路を渡って駅の反対側に向かうと深夜にやっているバーを見つけた。今度Uを誘って乗り込んでみようと思った。(結局忙しくて行けなかった)駅に近づくにつれて人が増えてきて、バス乗り場にはまだ4時だというのに30人ぐらいの人がいた。バス乗り場の隣のセブンイレブンで包子(肉まん)を買って食べた。台中行きのバスが来て私は乗り込んだ。

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