シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#25 台湾の南の端を踏む

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 8月21日。

 波は寄せては帰っていった。紺色、濃い藍色だったうねりは岸に近づくにつれて色が薄まり、帰ってきた波とぶつかって白い泡になる。ビールのような泡はすすーっとこちらに向かってくる。泡になる前の一瞬、コバルトブルーが輝く。私はいつまでも海を見ていた。

 

 今日は一日中歩いていた。

 8時に起床すると、もう向かいのベッドでは香港の彼女が荷造りをしている。8時半に部屋を出て行った彼女は今日、花蓮に行く。乗合タクシーで。うとうとしてたら雨が降ってきて外に出れなくなった。下のベッドのやつがごそごそ動くので私のいる上のベッドも揺れる。彼はずっとスマホで動画を見ている。時折ひどい咳をしてベッドが揺れる。私はこのホステルがあまり好きではない。チェックインした時の不愛想な感じも、踊り場にかけられたオーストラリア土産と思われる気味の悪いコアラの絵も、ドミトリーの少し汚れた感じも、全部が全部少しずつ積み重なって負の感情が膨らんでいく。

 

 

  10時に部屋を出てコンビニで水を買った。しかしそこで雨が降ってきてまた足止めされる。もしかしたら今日のハイキングはもうあきらめた方がいいのかもしれない。天気予報を見ると一日中雨だった。私は仕方なくコンビニでカレーを食べて雨が上がるのを待つ。カレーはけっこうおいしかった。昔おじいちゃんに連れられて行った球場のカレーの味と似ていた。リゾート地で物価が高いからか、コンビニでご飯を食べている人も一定数いる。

 雨がましになって外に出る。しかしすぐにまた雨が降りだして私は自然公園の入り口でレインコートを着る。そこから車道沿いにどんどん登っていく。ハイキングコースだと勝手に思っていたけれど歩いている人は一人しかいなかった。ただ近くに有名な牧場があったり山の上に自然公園があったりするから通り過ぎる車は多かった。

 なにか道の端を動いているなと思って見ると、サワガニだった。よく探すと何匹もいた。見たこともない蝶や草木がたくさんあった。近くには大尖石山という山があった。その山の不思議な形と海が見えてきれいだった。2時間ぐらい上がってようやく下り坂にさしかかった。日差しが出てきてガチョウと鶏が陽気の中で散歩していた。草原が広がっていて木々が立っていた。風が強い場所らしく、根元から大きく斜めに生えた木が必死に地面につかまっているように見えた。

 半島の東側に行きたいので自然公園の遊歩道を突っ切っていくことにした。熱帯の薄暗い森の中を歩いた。所々に動物の足跡や糞が落ちていた。たくさんの種類の植物と虫たちがいた。棘のついた草や、もじゃもじゃの木。見たことのない赤い花やねむの木。私はいつも旅行に来ると、家に帰って植生について勉強しようと思う。でも一度も勉強したことはない。それは一種の旅の幻想だと思う。旅の途中に私はいつも「あれもしたいこれもしたい」と思うけれど、家に帰っても元の日常に戻るだけだ。何もしないし何も変わらない。感動も衝撃も家に帰ればただの思い出になるだけで、私を動かすわけではない。能動的に足を運んでいるように見えて、旅路の私は案外受動的である。

 昔昆虫館で見たような蝶が飛んでいた。どうしてだか私は映画「チャーリーとチョコレート工場」に出てくるウンパランドを思い出して一人でふふふと笑った。映画に出てくる熱帯雨林と目の前の遊歩道が少しだけ似ていた。どこかから小人たちがこちらを見ている気がした。

 何人かの子供連れの家族や若いカップルとすれ違った。展望台があって上ってみると一面の森の海だった。その向こうに薄く青い海が見えた。

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 半島の東側に出る道をどうしても見つけることが出来なくて私は焦った。何度もグーグルマップのアプリで確かめるもついに見つけることが出来ず、今いる場所がどこかもわからない私は心細くなった。風がびゅうびゅう吹いて今にも雨が降りそうだった。溶岩が固まってできた岩がたくさんある場所に出て少し怖かった。ぬかるんだ道には誰の足跡も残っていなくて、いよいよまずいかもしれない。雨が降りだしたら大変だなと思った。こんなところで蛇に噛まれたりしたらもうおしまいなのだろうなと思った。そう思う一方、私は宮沢賢治を思い出していて彼がこの道を歩いたらどう思うだろうかと空想した。溶岩や赤土、色とりどりの蝶、カニ、生い茂った緑。そのどれもが急に賢治作品の主人公のように見えてきた。家に帰ったら銀河鉄道でも読もうかしら。彼が学生時代に岩木山に上っていた話やグスコーブドリと火山の話を思い出したりした。

 

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 急に視界が開けて丘の頂上に出た。なぜかそこだけ草原が広がっていて、人の手の加えられた跡があった。海と山が見えて、私は東にはほとんど進んでいないことが分かった。雨水がたまってできた池に魚が泳いでいた。トイレの場所を示す標識があってどうやらこの道を進むともと来た場所に戻れるらしかった。がっかりした半面、少しほっとした。結局のところ私の探検は同じところをぐるぐると回っただけで終わった。しかしいろんな不思議な生き物、植物を見ることが出来た。なぜかトマトが道の端に自生していた。

 

 

 ヨット石というところから幹線道路沿いを歩くことにした。目的地は台湾最南端、道のりは大体5キロぐらい。海沿いを歩くからさぞ素晴らしい景色が見えるだろうと思っていたのにゆけどもゆけども防風林しか見えない。波の音や匂いですぐそこに海があるのはわかるのにもどかしい。おまけに日差しがきつくなって日焼けした首や顔がひりひりしはじめた。原付や電動バイクに乗った観光客が次々に私を追い抜いていく。国際免許証がないので原付には乗れないが、電動バイクなら私も乗れる。ヨット石のところの店でレンタルすればよかったと少しだけ後悔した。さらに悪いことにサンダルが擦れて痛くなってきた。汗でふやけた足がサンダルの紐とと擦れて赤くなっている。私は少し休憩した。

 砂島と言う場所の景色がきれいだった。何年も前のサンゴ礁と溶岩が岩になっていてそこに波が打ち寄せていた。いいなあと思った。

 

 「南の端はこちら」みたいな看板が立っていて、そこから小道が続いていた。あと少しで南端だというところで若者が一人でギターを弾いていた。そこは木立の中だったのだけれど、彼の音楽は蒸し暑い熱帯からおおよそかけ離れた、涼しいおしゃれなもので、私はそのギャップに笑ってしまった。かなり巧い弾き手だった。小さな声で歌っていたけどそれも良かった。

 南の端といってもそこはなんて事のない普通の海である。たくさんの人がそこを訪れては帰っていった。子供連れが多かった。私は手摺にもたれかかって海を見ていた。虹が一瞬できてまた消えた。

 

 バスが来たので乗った。2時間弱かけて歩いた距離はバスだと15分だった。ホテル近くの小さなビーチでまた海を見た。波が高くてズボンが濡れてしまった。打ち寄せる波は砂浜に上がっても案外こちらの方まで進んでくる。すーっと波打ち際を進む波を見て、手元で伸びてくるストレートもこんな感じなのかなと思った。

 ワンタンメンみたいなものを食べて部屋に帰った。下の男はずっとスマホの画面を見ている。時々音が漏れてきた。

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