シゲブログ ~避役的放浪記~

些細な出来事、思い出、映画や音楽、フィクションと詩

#43 イヤホン

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 イヤホンをしていた。イヤホンをしてマクドナルドの奥の暗い場所で旅行中の出来事を思い出してはつらつらとスクラップブックに書きこんでいた。とうに冷めたコーヒーと無造作に置かれたハンバーガーの包み紙が乗ったトレイは終演後の舞台のように見えなくもなかった。ペラペラの四角に切り取られた遠い異国の風景を私はノートにペタペタ貼っているところで、さっき読み終わった短編の余韻とコーヒーの匂いとウォークマンから伝わる音の中で心が潤っているのを感じていた。時々、スティックのりを塗る手を止めてぼんやり壁を眺めたりした。緩む体が心地よかった。

 声が聞こえた。隣の席の女性が発した声をイヤホンの奥の鼓膜ははっきりととらえることが出来なくて、それはプールの底ではプールサイドの声が歪んで聴こえるのと似ていた。右隣りを見ると、もう中年期を終えようかという女の人が話しかけているのだった。イヤホンをとる右手。彼女はトイレの場所を知りたいらしかった。駅構内のこのマクドナルドにはトイレがない。ただ隣接する百貨店の中にトイレがあるからそこに行けばいいだろうと答えた。やっぱりそうなのね、と言う掠れた声。

 一度外したイヤホンをどうしたものかと思った。両耳にイヤホンを戻すのは悪い気がした。自分だけの世界に戻るのは相手を突き放して拒絶するようなものだ。かといっても、片方だけイヤホンするのはもっと違う。それは不誠実だ。片方で会話してもう一方で音楽を聴こうなんて心根は嫌いだ。

 イヤホンをする人に声をかけるのは勇気がいることだと知っているからこそ、躊躇した。どうしたらいいかわからなくて数秒ほどフリーズしてしまった。蛇に睨まれた蛙のごとく急に何もできなくなる。そういうことが時々ある。キンキンに冷えたジュースの缶をほっぺにくっつけられた瞬間みたいに、冷やっとして体が固まる。

「邪魔してごめんなさいね。ごめんなさい」と声がした。女の人の声はますます掠れていく気がした。目を合わせることはできなかったけど、明らかに、フリーズした様子を見た上での助け船だった。「大丈夫です」なんて意味のないことしか言えない。ごめんなさい、という言葉には「もう会話は終わりよ」というメッセージが込められていて少し悲しかった。もちろん「教えてくれてありがとう」もあると思うし「音楽の時間を邪魔してごめんなさい」もあったはずだ。それでもイヤホンをつけた時、心の底にまた一つ小石が落ちた。

 

 相手を突き放す加害者になりたくないと思って日和見を決め込み、最後はとうとう被害者になることに成功したのだった。それは無自覚な偽善で軽蔑されるべきなのかもしれない。でも一方で「なんていうこともない出来事だ。人生ってこんなもんだろう?」 と半ば開き直って何も感じないようにつとめているのも事実だ。だって、とにかく生きていかないといけないから。何かに向き合うことは絶対に大事だけど、全部に向き合うことは不可能だ。ほどなくして女性は去って行った。

 仕方ないこともある。できることもできないことも少しづつ受け入れていかない。そうじゃないと生きていけなくなる。