この1週間ウクライナの問題を世界中が注視している。国が国に侵攻し、でもそれを誰も止められずにいる。Instagramのチャットでキエフの友達と連絡をとりながら歯痒い思いをしている。武器を送る以外のことをほとんどの国はできていない。戦争が拡大するのが怖いから、下手に手出しできない。この時間にも人は死んでいく。何もできないならせめてという感じで、あるいはそう決まっているからという感じで、経済制裁が行われている。影響が出るのは政治家ではなくて市井の人々だろう。それでも制裁が行われて、留学している友達が帰国を余儀なくされている。悲しい。
チェルシーのオーナーであるアブラモビッチも、資産が凍結されそうになっている。現在の彼とプーチンの関係がどの程度のものなのかはわからないけれど、彼も経済制裁の対象になるかもしれない。一方でウクライナが探している和平交渉の仲介者として彼が名乗り出てたというニュースもあった。この数日間チェルシーの今後についてネットでは色々言われていたけれど、彼が売却の意思を明らかにしたことでひとまずこの問題はひと段落しそうだ。チェルシーが経営破綻するようなこともなさそうだし、サッカーファンとしては安心。でもロシアのウクライナ侵攻がスポーツにまで影響を与えている現状がとても悲しい。チェルシー公式HPに掲載されたロマン・アブラモビッチの声明は以下の通り。
私の持つチェルシーFCの所有権に、この数日、メディアで憶測されていることに対して、私は明らかにしたいと思います。以前にも言っているように、私は常にクラブにとって最善の利益を念頭に置いて決定を行ってきました。それゆえ、現在の状況を見て、私はクラブを売却することを決定しました。これが、クラブ、ファン、従業員にとって、またスポンサーやパートナーにとって、最善の手段であると信じての決定です。クラブの売却は、手順を省略することなく、プロセスに沿って進められます。私はクラブに貸しているローンの返済などは求めません。これは私にとってビジネスやお金ではなく、クラブと試合への純粋な情熱によるものでした。さらに、クラブ売却の純利益が寄付されるように慈善財団を立ち上げるように私のスタッフに指示しました。この財団はウクライナにおける戦争の全ての被害者のためになるものです。ここには、被害を受けている人の緊急で差し迫ったニーズを満たす重要な資金の提供と、長期的な復旧のための支援も含まれます。この決定が非常に難しい決断であり、このようなやり方でクラブと別れを告げることが私にとって苦痛であることを、どうかわかってください。しかしやはりこれがクラブにとって最善策であると信じています。全ての人にお別れを告げるために、再びスタンフォードブリッジ(チェルシーの本拠地)を訪れることができればいいなと思います。チェルシーFCの一部となれたのは私の人生における特権であり、クラブと共に成し遂げたことを誇りに思います。チェルシーFCとサポーターはいつも私の心の中にあります。ありがとう。ロマン
やはり悲しい。イングランドサッカープレミアリーグを見始めた時、最初に好きになったチームがチェルシーだった。2009/10シーズンにプレミアリーグとFAカップの2冠を獲得したチームが好きだった。ランパードとドログバ、ミケルとエッシェン。バラック。サッカーのおかげで様々な国を知った。フランス語を話すことができれば色々な場所に行けるらしいと知ったのは、この頃だった。フランス以外の国にルーツのあるマルーダやアネルカ、ドログバがどうやらフランス語で会話をしているらしいというのが、中学生ながら解ったからだ。中学からずっと地理の勉強が好きなのだけど、フットボールファンだから知ったことはかなり多くある。
大学では外国語学部に入った。フランス語ではなくロシア語を勉強することになった。ロシア語専攻の1年生が受講することになっているロシア経済の授業があった。その授業のレジュメにアブラモビッチが出てきた。ロシア語の発音に忠実に書くと「アブラモーヴィチ」といった感じ。
ソ連崩壊後に急成長した他の新興財閥(オリガルヒ)と同じように、彼もロシアの石油企業の中で頭角を表した。財閥の影響力を削ろうとするプーチンによって、国外逃亡を余儀なくされたり、逮捕されたりするオリガルヒがいる中で、彼は極東で政治家をやったり、プーチンと適切な距離を取りながら生き残った。私の知っているチェルシーのアブラモビッチとは全く違っていた。
それまで、私にとってのアブラモビッチは、弱小だったチェルシーを買収し、世界有数の金満チームにした億万長者だった。チェルシーが資金力に物を言わせて有名選手を獲得しまくっているのを、他チームのサポーターは、最初、指を咥えて見ているしかなかった。
彼の成功を見て多くの投資家がサッカーにチャンスを見出し、サッカーを取り巻く環境が大きく変わった。グレイザー一家がマンチェスターユナイテッドのオーナーとなり、マンチェスターシティはUAE資本が入った。ここ10年のレスターの躍進は間違いなくタイ人のスリヴァッダナプラバ親子のお陰だ。間違いなくプレミアリーグの競争力は上がり、世界で最もエキサイティングなリーグになった。その先鞭をつけたのはアブラモビッチである。フットボールファンとして彼に感謝したい。
大学に入った2016年、私はすでにアーセナルファンになっていた。アーセナルは00年代には優勝争いに食い込むチームだったのに、辛酸をなめさせられていた。チェルシーとマンチェスターシティが成長したせいだった。アーセナルが下位に沈むここ数年、時々、チェルシーとアーセナルのオーナーを比べることがあった。上の声明にもあるけれど、アブラモビッチのサッカー愛は本物だと思う。スタジアムに行き、試合の動きに一喜一憂する彼の姿は私と同じサッカーファンのそれだった。一方で我がアーセナルのオーナー、スタン・クロエンケからは情熱を全く感じられなかった。
この10年で多くの投資家がフットボール市場に目を向けている一方、ビジネスとしてしか捉えていないオーナーもたくさんいる。残念ながらクロエンケもその一人だ。彼はスタジアムにめったに足を運ばず、お金のために欧州スーパーリーグ構想を主導し、失敗した。グーナー(アーセナルファンの愛称)の反対運動によって、スタンは構想から手を引き、彼の息子ジョシュがファンと対話するようになった。そして段々と選手獲得やチーム環境に投資がなされるようになってきている。
アブラモビッチがいなくなるチェルシーファンには同情するけれど、彼のスタッフはチェルシーにとどまる。クラブ土壌はそう簡単に変わらないだろう。世界規模のチームだから売却が進まないということもないだろうし、売る相手アブラモビッチはしっかり選ぶだろうし。だからチェルシーは大丈夫だと思う。
話は変わるが、グーナーだってチェルシーファンと同じ状況に陥っていた可能性もある。2018年にクロエンケはアーセナルの株を100%手に入れたのだけど、最後に彼に株を売ったのはウズベク系ロシア人の大富豪ウスマノフなのだ。ロシアの通信会社MegaFonを所有するウスマノフもやはり経済制裁の対象になっていて、ハンブルグ港に停泊する彼が巨大な船がドイツ当局に差し抑えられたりしている。
2018年にアーセナルの株を売った彼は、現在エヴァートンFCに資金を注いでいる。天然ガス会社USMでビジネスパートナーとなった、イラン人実業家モシリと共に、2016年エヴァートンを買収した。USM、MegaFon、MegaFonの子会社Yota一昨日までエヴァートンのスポンサーだったのだけれど、3月1日にエヴァートンFCから出た声明によって、スポンサー関係は停止されることになった。「アーセナルファンで良かった」ということではない。一人のサッカーファンとして私は悲しい。これは、サッカーを通じて可能だったつながりが消えてしまったということだと思うので。
ロシア語を勉強するものとして悲しいのは、「ロシア=悪」と変換する人がSNSにちらほら散見されることだ。まだ現実の世界で会ったことはないけれど、自己紹介で「大学でロシア語を勉強しています」と言った時に相手から返ってくる反応が私はすでに怖い。
また彼は声明の中でプーチンやロシア政府が使っている「ウクライナにおける特殊作戦」という言葉ではなく「ウクライナにおける戦争(the war in Ukraine)」という言葉を使っていた。彼の生命と、これからの人生に大きく関わるだろうから、声高にプーチンを批判することはできないけれど、できる限りの声明だと思う。もちろん、既に指摘されているように「ウクライナにおける被害者」が誰を指すのか、「net proceeds(純利益と訳したが解釈の余地はありそう)」とは何のことなのか、声明の中身は少し曖昧だ。それでも声明を出さないよりもだいぶマシだと思う。
これから、チェルシーの慈善財団がウクライナを支援する。チェルシーのオーナーがアブラモビッチだったからこそ、この交流が可能になった。尊敬する。サッカーを取り巻く文化は国境を越えるはずだ。というかそうあって欲しい。今回のアブラモビッチの声明で少しでも状況が良くなるように願う。
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