シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です 文章を書くのを仕事にするのが目標です。夢は世界一周です

#160 ラーメンで大学生活を振り返ろう(5)

 ラーメン。前回は大学生活3年目、2018年に食べたラーメンのことを書いた。休学から復学したのはいいものの、やはり夏が終わる頃からしんどくなって、11月のロシア語の授業でプレゼンテーションを大失敗してから結局また大学には行けなくなった。正直プレゼンもロシア語もそこまで悪いものではなかったのだと思うけれど、自身とか自己肯定感というものが低くて、ちょっとしたことですぐに落ち込んでしまう。損だとは思うけれど、過去には戻れないし、これからどうにかするしかない。
 
 
2019年
03/20
Japanese Ramen 麺や琥張玖(ロシア ウラジオストク市)

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 Googleマップが正しければ、ウラジオストクには4つラーメン屋があるらしい。その一つが、麺や琥張玖。「琥張玖 ウラジオストク」で調べたらわかると思うけれど、日本とロシアの経済協力の一環で作られたお店らしい。札幌のラーメン屋さん「琥張玖」が関わっていて、材料も味も同じらしい。ウラジオストクに行った当時は何も知らずに食べた。「ロシアのラーメンなんて、どんなもんじゃい」という感じで入ったけれど、日本で食べたことのあるような味だった。それまでの数日、レトルト麺をシベリア鉄道の中で食べていたのもあって、ちょっと感動した。海外によくある日本料理店みたいに、嘘くさい「日本」を打ち出しているわけでもなく、本当に普通のありふれた雰囲気。お水が無料で出るのも日本と一緒。「日本」すぎてちょっとガッカリしたくらいだ。メニューには色々あったけれど確か味噌ラーメンを食べた。
 ウラジオストクに留学した友達で札幌出身の友達がいて、彼女も琥張玖が美味しいと言っていた。Googleマップ上での評価も高かったし、ウラジオストクにいる日本人には有名な店なのかもしれない。ウラジオストクに行く用事があればぜひ寄ってほしい。
 
 
08/24
太陽軒 米子角盤店(鳥取県米子市

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 角盤は「かくばん」と読むらしい。太陽軒は米子を中心に3店舗展開しているローカルチェーンらしい。「米子ラーメン」という豚骨と鶏ガラを煮詰めたスープに、醤油ダレを加えたものが人気らしい。旅行中にふらっと立ち寄った店なので、そんなのは知らなかった。だから普通に醤油ラーメンを食べた。お店に入った時点で夜の11時だった。疲れていたので味はほとんど覚えていない。ただめちゃくちゃ安かったのと、お店の雰囲気がよくて、良いバイト先だろうなと思った。
 その日は倉敷のジョイフルで起きて(旅費を浮かすために24時間営業のファミレスで寝ていたのだ)、美観地区を観光し、大原美術館で念願のエルグレコを観て、高梁川沿いに原付で北上して真庭まで走り、湯原温泉に入った。山の中の湯原温泉に泊まってはお金がかかるので、その後中国山地を抜けて米子まで行ったのだ。湯原温泉で風呂上がりにコーヒー牛乳を飲んだのが夜の9時とかなので、心細い思いで暗い道を走った。
 湯原温泉で父親と一緒にお風呂に入っている女の子がバービー人形をたらいで洗ってあげていたこととか、風呂上がりにスギさんというおじさんと結構長い時間話したこととか、夜の山道に急に墓地が現れて怖かったこととかは覚えているけれど、肝心の太陽軒の味は思い出せない。なんかもったいない。せっかく食べたのに。
 その夜はオードリーのラジオを聴きながらコインランドリーでぼうっと座り、ガストで寝た。ラジオのオープニングトークは、サングラスをしていた春日が、若林に会うと、何も言わずにスッとサングラスを外した話だった。「ラストスパートの高橋尚子みたい」だということで「LOVE 2000」のイントロが何度もかけられていた。

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コインロッカー。誰かのバッグ

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ガストで寝る
 
08/31
千成や(福岡県直方市

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この肉みそが美味しいのだ

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国道沿いにある
 2019年は8月22日から9月5日まで西日本を旅行した。丸谷才一の『笹まくら』の舞台となっている場所を巡り、金子みすゞ林芙美子のゆかりの場所を訪ねるのがその目的だった。2週間の旅行の間に食べた料理で千成やの肉みそラーメンが一番美味しかった。残っている写真はそれほど美味しそうには見えないかもしれないけれど、私はこの味を知っているので、写真を見ると3年経った現在でも唾が出てしまう。それほど美味しいのだ。
 この日もタフだった。北九州のジョイフルで起きて、旦過市場を歩き、林芙美子の資料がある北九州市立文学館で彼女の原稿を見た。2016年に彼女を知ってから5年ほどはずっと彼女を崇拝しきっていた。休学中の2017年11月に札幌の道立文学館で初めて彼女の直筆原稿を読んだ時は感動で涙が出たくらいだった。
 千也やは北九州から直方に向かう国道200号線沿いにある。林芙美子が幼少期を過ごした直方市に入る前に、腹ごしらえが必要だったので寄った。肉みそがめちゃくちゃ美味しかった。味も濃くなくて、なんだか懐かしい味。
 直方は炭鉱で栄えた街だ。『放浪記』にも朝鮮人の住む長屋のことや、鉱夫になることを夢見る芙美子の友人のことが出てくる。『放浪記』の中で直方について書かれたページはそれほど多くなくて、冒頭にチラリと出てくるだけだけれど、こうして実際の街に来て、石炭記念館で展示を見たり話を聞いたりすると、色々なことが立体的になって
面白い。紙の上で知っていた知識が経験になるのだ。本当に面白い。幼い日の芙美子と母親がものを売ったという多賀神社に登って、「たくさん売れますように」とお願いをした馬の像を見た。その後駅前をぶらぶら歩いて、九州でしか売っていないというブラックモンブランのアイスを食べて、太宰府に向かった。駅前には地元出身の力士、魁皇の像があった。顔はあまり似ていなかった。
 次の日は太宰府だったから、また山道を原付で走って、知り合いのキリさんが働いているゲストハウスに泊まった。
 
 
10/14
ねぎっこ 名取店(宮城県名取市

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ペーパードライバーでも停められる駐車場

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うまい
 10月の東北。山形国際ドキュメンタリー映画祭のために、土日を利用して東北へ行った。2年前と比べると自分自身がほとんど成長していないように思えて、悲しかったのを覚えている。休学を始めた2年前の2017年は何にでもなれるように思っていたけれど、2年経ても私は何にもなれていなかった。
 車は運転できるようになっていた。関西から山形までどうやっていけば安くできるのかを考えた結果、関空から仙台空港まで行き、そこからレンタカーを借りることにした。台風が来ていたけれど、それほど大変な目には遭わず、奥羽山脈を超えて山形まで来れた。その日は香味庵での打ち上げだけ参加して、車中泊をした。次の日は映画を朝から観た。夕方になって、いよいよ台風が近き、いくつかの映画の上映が中止になったと思う。その日は台風が怖いので急遽ゲストハウスミンタロハットに泊まった。大丈夫だとは思っても、ここ数年の土砂災害のニュースを見ていると、怖かった。実際、この時の台風で、宮城県丸森町福島県いわき市では被害を受けた。
 映画祭で心に残っているのは、『さらば我が愛、北朝鮮』という映画である。1952年に北朝鮮からソ連へ映画を勉強しに来たものの、両国の関係悪化によって北朝鮮に帰れなくなり、そのままソ連で生きざるを得なくなった8人を追ったドキュメンタリーだった。とても面白かった。当時は、カザフスタンウズベキスタンなど中央アジアに暮らす朝鮮系の人々について興味があった。1930年代の終わりに、ロシア極東地域に住む朝鮮人スターリンによって強制移住させられたのは知っていたけれど、北朝鮮からソ連に留学して帰られなくなった人がいるのは知らなかった。もうちょっと色んなことを勉強したいなと思うけれど、時間が足りなかった。
 山形から仙台空港までは高速道路を通って帰った。一人で高速に乗るのは初めてだったけれど、なんとかうまくいった。ラーメンでも食べようと思って高速を降りてから空港まで間でねぎっこラーメンを食べた。もっと大きな人間になりたいなあと思った。やるべき事を絞れずにいた。色々な映画を観て、たくさんの刺激を受けたけれど、それをどうやってアウトプットに繋げればいいのかがわからなくて、困った。内面にエネルギーがどんどん溜まるだけで、それを何にぶつければいいのかわからなかった。ただ目の前にはロシア語の試験と授業があるだけで、それは大きくのしかかってくるけれど、それらは時々、取るに足らないちっぽけなものに思えるのだった。なりたい自分がたくさんあって、そのどれも中途半端で、結局何にもなれずに私の人生は終わってしまうのだと思う。小さくてもいいから何か一つでも残したいと思う。

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空港で色々考えてしまった
 
 
11/19
麺屋 優光(京都市中京区)

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大胆な見た目

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「自転車で京都まで行こう」というりょうちゃんの発案で、学校の授業の後、二人で京都まで自転車で走った。私はクロスバイクだからいいけれどりょうちゃんはママチャリで大変そうだった。寒いしお尻が痛いし、でも二人で国道沿いを走るのは楽しかった。冬がやってきているんだなと思った。風が強くて、車も多いから、叫ばないと会話ができなかった。叫びながらの会話なんて、COVID19が来る前は普通だったんだなと、2022年の私は思うけれど、当時はそんなのが普通だなんて、意識することもなかった。ここ2年で色々変わってしまった。この前友達の家で半沢直樹を観たけれど、香川照之片岡愛之助堺雅人も、大事なシーンでは顔を近づけて喋るので、撮影現場の感染対策はどうだったんだろうとか変なことを考えてしまった。
 箕面から茨木、高槻を経て、水瀬神宮で水を汲んだ時点で既にめちゃくちゃ寒かったのだけれど、そこから北上するともっと寒くなった。なんとか四条まで行って、りょうちゃんの知り合いがやっているというラーメン屋で食べた。メンマが長くて甘かった。食べたことのないメンマだった。自転車でやってきて自転車で帰ったという思い出があるから、味も美味しく感じられたのかもしれないけれど、実際めちゃくちゃ美味しかったと思う。現在は烏丸御池に店舗があるけれど、当時はプレハブと屋台の中間のような店舗で、四条と五条の間の高瀬川沿いにあった。現在の烏丸御池の店舗はGoogleマップの写真を見る限り、立派な店のようだ。また行きたい。りょうちゃんとは、浪人時代から一緒で、一時期はかなりの頻度で会っていたけれど、彼が就職したり、私がLINEの返信を忘れたりで最近は連絡を取らなくなってしまった。また会いたいのだけれど、何と連絡すれば良いだろう。

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12/24
鶏そば Ayam-Ya 烏丸店(京都市中京区)

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Adam-Yaはコロナ禍で臨時休業している
 エジプト人の友達がいた。アリア。母の友達に大学の先生をしている人がいて、その人の紹介でアリアとは出会った。彼女は日本の大学で博士課程をとって、この前の10月に帰って行ったのだけれど、一緒に色々なところに行った。斑鳩や奈良にも行ったし、神戸で一緒にモスクの中にも入った。彼女と一緒にどこかへ行くときは、必然的にハラルレストランを探さないといけないので、ハラルに少し詳しくなった。寿司屋とインド・ネパール料理店を別にすると、ハラルレストランはかなり少ない。外国人観光客が多く利用する京都駅でさえほとんどない。偉い人が「観光客」とか「インバウンド」とか言う時に、イスラム教徒の食文化についてまでは考えが及ばないのかもしれない。他の文化について考えや想像が及ばないのは日本のよくない部分だと思う。それは、海外に目を向けている日本人が少ないということでもある。「インバウンド」とか言う時、どうしても中国人や台湾人、韓国人、アメリカ人しか見ていないのではないかと思うこともある。
 この日のAyam-Yaにはロシア語専攻の友達2人とアリアと4人で入った。大学に入って知り合いやら友達が増えているのを実感した頃だった。その人達を繋ぐことができたら、自分の世界も広がるような気がした。みんなはこの日のことを覚えているかな。

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ラーメンの後はみんなでコメダに行った
【今日の音楽】
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