シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#155 2月と3月は、人間が好きになる。

 

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 どう考えても人間が好きなのだと思う。生きる意味とか、やりたいこととか、そういうのは明確にはわかっていないし、これから理解できるのかも未知数だけど、人間が好きだということは変わらないと思う。人間が好きで、それだから生きているとまで思う。もちろん苦手な人も嫌いな人もいる。好きな人の中にも嫌いな面がある。それさえも大きく含んで、人間が好きだ。それはきっと、卒業を控えたこの時期だから思うことなのだろう。事故で入院していた去年の7月や、大学に行けなかった
2018年には、きっと思っていなかったことだろう。2月だから、3月だから、心がぶらぶらする。できるだけ多くの人と喋りたいとまで思う。日本全国すべてのまちを回って、全ての道を歩いて全ての人と会いたい。ちびっ子と共に公園で遊んで、お婆さんやお爺さんの昔話を聴きたいと思う。将来に対して、なんとなくの見通しができて、卒業もまだ確定じゃないけど近いところまでこれて、すこし自信もついた。だからそんな風に思うのだろう。卒業が近づいたからといってこんな風に「人間が好きだ」とタイトルに書いてしまうのは、不安定な自分を如実に表している気もする。でもいいや。今は人間が好きです。それは嘘じゃない。

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ビルに隠れて新キャンパスからは夕陽が見れない

 毎年、卒業シーズンになると心が揺れる。「エモく」なる。なんと言えばいいかわからないからこの言葉を使うけれど、他に言いようがない。小学校を卒業して地元を離れる時、考えていたのは、もっと色んなことをしたかったということ。大好きな映画『スタンド・バイ・ミー』の最後のシーンに「あの12歳の時のような友達はもうできない」という言葉がある。映画の中の4人の少年の物語を半ば崇拝していた私は、いつからか「親友は12歳になるまで作らないといけない」と思い込んでいた。小学校を卒業するまでに親友を見つけないといけなかったし、たくさん思い出を作らないといけなかった。死体を探しに線路を伝って森の中を歩くとかはできなくても、秘密基地で遊ぶとか、自転車で隣の町まで走るとか、そういうことをしたかった。でもできなかった。

 ずっとそうだ。夏休みの終わりになって「もっと遊びたかった」と思うし、バイト先の人が辞める時は「もっと話したかった」と思う。今も卒業の時期になって「もっとたくさんの人と話したかった」と思っている。思えば、中学受験の勉強を始めた小学校の高学年以降ずっと忙しかったような気がする。中学時代は塾と学校の勉強。勉強から一旦解放された高校時代も、今度は部活で忙しかった。浪人はひたすら勉強で、大学生になってからもサークルとか勉強とかバイトで忙しかった。私の人生、忙しいことだらけだ。単に要領が悪いと言われればそれまでだし、何も反論できないけれど。他の人もそんなに変わらないと思う。

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大学生協。よくビスケットを買った

 時々立ち止まって考える。この忙しさに何の意味があるのだろうかと。私を忙しくさせている目の前の課題、勉強、人間関係。どれもそれほど大きな意味は持っていないように思える。なのに、取るに足らないようなそれらが私を急き立てる。不思議だ。この宿題の提出が遅れたとして、何が変わるのだろう。今日予備校に行かなかったとして、何かが変わるのだろうか。きっと大きくは変わりやしない。

 でも、今日の授業に出たら、先生が何か素敵なことを教えてくれるかもしれない。誰かがとってもおしゃれな服を着てくるかもしれない。友達が面白い話題を持ってくるかもしれない。そういうのがあるなら授業に出たい。学校に行って、何か新しい今日の出来事を探したい。外に出ることで、何かが生まれるかもしれない。今日友達と話すことが、その先のことに繋がるかもしれない。それなら着替えて部屋を出ないと。こんな風に考えるなんて、ロマンチストだなあと笑う人もいるかもしれない。でも私はだいたいこんな風な考え方をしている。そうでも考えないと毎日つまらなすぎる。

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キャンパス間移動バス。いろんな話が聞こえる

 コロナ禍ということもあると思う。2020年の春からこっち、人と会えること自体が貴重になった。この2年間今まで以上に「一期一会」という言葉を意識した。もちろん、全ての場面を大事にできたわけではない。ひどいやり方で物事を投げ出したりもしたし、精神的に不安定になって引きこもったりもした。何もしない「無の一週間」があったりした。謝りたいこともたくさんある。この2年、次にいつ会えるかわからないようなことが増えた。最初はCOVID19の感染力と強さがどのようなものなのかわからなかった。これから先も、もっと強い変異株が生まれる可能性だってある。移動もしにくいし、会食もしにくい。そうなると会う用事が無くなる。今まで「今度、ご飯一緒にたべよう!」とメッセージを送っていたのが、何と言えばいいのかわからなくなる。

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「段々、人に会うのはエナジーが必要になってくるよな」

高校時代の部活のチームメイトがこんなことを言った。久しぶりに会って、西北のサイゼリヤで話していた。2021年の春休み。医学部の彼は、卒業のタイミングで私に会ってくれた。「集まろうと思えば、頑張れば、みんな集まることはできる」と言う彼は、その言葉通りに部活の面々を集めた。人望があるのだ。エアビで見つけた東京スカイツリーのふもとの部屋で、みんなで騒いで、お菓子を食べて銭湯に行って寝た。次に会えるのはいつだかわからないけれど、会える時に会わないといけないと思った。もしかしたら、大人になったらそんなことばかりなのかもしれない。大人は、他の人は、そういうことにどうやって区切りをつけているのだろう。

 正月やらお盆やらは、人と人がまた顔を合わせる理由にうってつけだと思う。法事や結婚式もそう。お葬式にまでそういう側面がある。医学部の彼は今度結婚する。同じ部活の面々は招待されると思う。また彼らと会う理由ができる。でもその次に会うのはいつになるだろう。もしかしたら、次の誰かの結婚式まで待たないといけないかもしれない。そうやってみんなと少しづつ離れていく。高校時代、あんなに近くにいたのに。

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 6年いた大学を卒業する。正確には卒業する見込み。最後の授業があって、別れる。ロシア語専攻というちっぽけな枠。その枠内にいたというだけで一緒にいた人たち。彼ら一人ひとりの人生と私の人生が重なり、また離れていく。ずっと一緒にいる人なんてそうそういない。そんなこともうわかっている。なのに、卒業によって、彼らとの関係性が、切れてしまわないにしても薄くなってしまうのが、惜しいとさえ思ってしまう。そこまで思うなら、卒業までにもっと仲良くなっておけば良かったじゃん、そんな風に言うもう一人の自分。でもこの時期だからこそ、もっと人と話したくなる。私も結局、卒業を理由にして、人と会っている。卒業を理由にして人と会う方が、使うエナジーは少なくて済むから。

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新キャンパス近くの団地

 会わなくとも、一緒にいられる方法はないのだろうかと時々思う。きっとSNSはその一つで、Twitterでは誰かのつぶやきに共感できるし、昔の友達が何をして何を考えているのか瞬時に知れる。Instagramでは彼らの旅行や食べているごはんについて知れる。FBでは誰かの頑張りを知れる。すごいことだと思う。でもだからといってインスタもTwitterも毎日もりもり投稿しようとはならない。

 私は文章の力を信じているから、この文章が——あるいはこのブログが——誰かのそばにあって、誰かの力になればいいなと思う。これがポジティブな感情かどうかはちょっと微妙だ。想いが強い元恋人みたいに、誰かの心の中に棲みつきたいと思うわけではない。ただ少しの間一緒にいたいだけだ。読む人が、一瞬だけあの頃に戻って、少しだけ安心できる、そんな文章を書きたい。文章の中に自分を落とし込むことができるとすれば、誰かが私の文章を読む時、少しの時間だけ私はその人と一緒にいることができる。本気でそう思っているので、私はやはりロマンチックすぎるかもしれない。

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年末に行った淡路島の植物園

 

 

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