シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいる者です 文章を書くのを仕事にするのが目標です。夢は世界一周です

#151 髭と長髪と私

 あいつが伸びてきている。気持ち悪い。この気持ち悪いブツブツが明日にはまた伸びる。憂鬱だ。明日の夜にはもっと伸びる。明後日もその次もどんどん伸びる。

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 月に一度でも剃ればそれでOKだったのが、段々頻度が多くなり、今では週に3回も手入れをしないといけない。面倒だ。まだ少ない方だと思うけれどそれでも面倒だ。お金持ちになったら脱毛したい。髭も髭なりの役割があって何かを守るために生えているのだと思うけれど、口と顎を守らねばならないほどの状況は日常生活にそうそうやってこない。顎も口の下も、確かに急所ではあると思うが、もし深夜の帰り道、高架下のトンネルや歩道橋で、暴漢に顎と口の下を狙われたとして、髭があることに一体どれほどの意味があるというのだろう。「一体、君たちは何を守ろうというのだい?」なんて4枚刃の上で散り散りになった彼らに尋ねても、何も返してはくれない。おお、神よ。どうしてあなたは私をお造りになったのでしょう。そして、どうして私に髭を生やそうと思いついたのでしょう?
 腹が立つのは、怪我をしている時や風邪を引いている時である。切り傷や瘡蓋が治りきっていないのに、髭は伸びてくる。もったいないと思う。髭を伸ばすのに使っているエネルギーを、怪我の治療に充ててほしい。ノロウイルスでお腹が痛くてたまらないような緊急事態が続いているのだから、いつも通り髭を伸ばそうなんて思わないでほしい。これだから融通が効かないやつは困る。全く身体というやつは。やれやれ、笑っちゃうぜ。
 私は身体の成長が遅かった。実年齢と精神年齢と身体年齢が好き勝手にバラバラに増えた。背が低くなかった時代がなくて、例えば中学校に入学した時の身長は131㎝しかなかった。中学時代、クラスメイトが伸びる髭の話をしていても何もピンと来なかった。
「最近、髭伸びて困るわ」
「わかる。めっちゃ気持ち悪いよな」
TとJの会話をポカンと口を開けて聴いている私は中学3年生の教室にいる。私の中学校では、各クラスにゴミ箱としてドラム缶が置かれていて、思い出の中では大抵誰かがドラム缶のヘリに腰かけている。
 高校でも、髭は伸びなかった。精神年齢が急成長した一方で身長も伸びなかった。ある日陸上部の友達と帰ることになった。吊り革を掴めない私は、吊り革を難なく掴む友達と話していた。部活のこととか進路のこととか、勉強のこととか多分そんなことを話していた。次第に彼はうつらうつらとなって、返事がないのを変だと思った私が見上げるともう寝ていた。まじまじと見た友人の寝顔にはニキビと髭があった。ちょっとだけ羨ましかった。同い年だけど、〇〇はもう大人なんだ、と思った阪急電車今津線。8年も前の思い出。

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青春時代の思い出は大体いつも阪急電車と共にある


 サッカー部だった。部活で筋トレをすればするほど、身長が伸びない気がした。元々筋肉質の自分は部活を通じてさらに筋肉がついてしまった。そのせいなのか身長は伸びず、周りが続々と成長期を迎えるのに私の身長は伸びるそぶりさえ見せず、そして今に至る。一応、現在も、私は成長期が来ることを待ち続けている。いつか来てくれるだろうか。数年前のある雪の降る夜、鶴が鶴のままやって来て「助けてもらったので恩返しをしたい」と言ってきたことはあったけれど、助けた覚えがないので丁重にお断りをして帰ってもらった。もしかして、あれが成長期だったのだろうか。だとするともったいないことをした。
 いずれにしても成長期は来ず、だから髭もいつまでも伸びないだろうと思っていた。しかし数年前にやつらは私の人生にようやく登場し、存在感は年々濃くなっている。髭だけに。

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高松港


 先週、2022年になって初めて髭を剃った。「卒論が終わるまで髭を剃らない」という願掛けのようなルールをつくって卒論を書いていたけれど、限界だった。痒くなったし外に行くのが恥ずかしくなっていた。剃れば、卒論はすぐに終わった。スッキリしたのか筆がどんどん進んだのだ。なんだ、変な願掛けなんて最初からしなければよかった。変に考えすぎず自然に振る舞えばいいのだ。伸びれば剃る。それでいいのだ。 
 最初に髪の毛を伸ばしていた時のことを思い出す。あの時も髪を伸ばすうちに変な考えに至っていた。袋小路だった。2017年の秋、旅行に行ったミャンマーから帰ってきた私は、髪の毛を伸ばすことに決めた。休学して、住み込みで働いた南丹の農場でも、米沢の免許合宿でも伸ばしたままの髪で過ごした。2018年になって、復学する4月になっても長い髪でいた。髪を赤いバンダナで留めて学校に行った。同じ年のロシア語専攻に入学し、今では一つ上の学年になった人たちが私のことを、陰で笑っていた。笑うなら笑えという強い気持ちでいないといけなかった。陰で笑うくらいなら、話しかけてから笑えばいいのに。冷笑する人間が近くにいるというのは、もしかしたら一番嫌なことかもしれない。

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米沢の自動車学校


 昔から、自分のことを「普通」とは思えなかった。家族のことがあるために、自分は「変」なのだと思っていた。でも母親のこととか、エキセントリックな祖母とか、父親がいないこととか、そんなの誰も知ったことがないだろうし、こっちから話す機会もなかった。それなら、内面の「変」が伝わるように、外見も「変」にすればいいのだ。そう思って伸ばしていた。無理しなくていいのに、と今なら思う。自然に振る舞って、好きなように生きれば、それでいいのだ。認めてもらおうとか、こういう風に生きないいけないとか、そんなの思わなくていいのに、頑張ってしまう。力が入ってしまう。難しい。もっと自由に生きたいんだけどな。

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 髪を伸ばすと色々気がついた。長い髪を手入れするのは大変だということ。リュックサックは肩ひもに髪が挟まって面倒だということ。リンスはちゃんとしたのを選んだ方がいいが、自分に合うものに辿り着くまでに意外と時間がかかること、等々。
 外見も「変」にすることで、内面の「変」をカムフラージュし、周りからの目線をも跳ね返すという作戦は、全然うまくいかなかった。くるりの「青い空」の歌詞みたいに、伸ばした髪が目や耳を塞いで、自分が自分の考えばかりに固執しているような気がした。孤独がますます深まる気がして、段々、自分の外見に自信が持てなくなった。汚いと思われていないだろうか、とか、変なやつと思われていないか、とか気にするようになった。変な自分を他人に認めさせるために伸ばし始めたのに。自分の意思で髪を伸ばしている以上、切るわけにもいかなくて、どうすればいいのかわからなくなった。考えるのが面倒になって部屋に閉じこもった。授業には出ない分、本はたくさん読んで、映画を観て、賢くなったような気になっていた。ロシア語のプレゼンテーションがトラウマになって大学に行けなくなった。2018年は本当によくなかった。やり直したい。やり直しても同じことをする気がするけれど。

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大学の旧キャンパス



 結局、2018年が終わる頃に髪の毛は切った。大学にも行けなくなり、一緒に住んでいたお爺ちゃんと反りが合わなくなり、むしゃくしゃした私はむしゃくしゃしたまま美容院に行き、髪を半分くらい切ってもらい、むしゃくしゃしたまま一番強いパーマを頼んだ。ランボーみたいになった。
 ロシアに行けばロシア語を勉強するモチベーションも湧くだろうと思ってビザを取った。ビザを取るのはめちゃくちゃ面倒だった。モスクワと極東の2回行った。どちらでも髪が長いせいでよく女の子に間違われた。「あなたの顔、綺麗ねえ」なんておばあさんにモスクワのメトロで言われた。ハバロフスクの鉄道で同じコンパートメントになったおばあさんは「あなたは男の子なの? 女の子なの?」なんて訊いてきたし、ウラジオストクのゲストハウスでは気づかないうちに女性用のドミトリーに入れられていた。3日目になってようやくオーナーが「あなた、今日で出て行くのよね?」と笑いながら確かめてきた。モスクワも、極東の鉄道旅行も、どちらも10日ほどの旅程だった。髭剃りは持っていかなかったと思う。という事はその頃はそんなに髭は伸びなかったのか。
 19年になって、また大学に行くようになった。前年度の反省を踏まえて、髪をしっかり切るようになった。その年はちゃんと大学にいけた。そういう、外見に対する自信って自分にとって意外と大事なんだと知った。その年の夏に、山陰から九州、四国を原付でグルリと周る2週間くらいの旅行に出たけれど、その時は髭剃りを持っていかなかったことを後悔した。岡山、鳥取、島根、山口、福岡、一瞬だけ入った熊本、大分、愛媛、香川の9県を周る旅行。香川でうどんを食べる頃には髭が伸びて気持ち悪かったので、それからは、1週間以上の旅行には髭剃りを持っていくことにした。

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関門海峡

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秋月城 福岡県朝倉市

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岩戸山古墳 福岡県八女市


 髪の毛はもう一度伸ばした。COVID19が流行ったのもあるけれど、もう一度挑戦してみたかった。髪を極限まで伸ばすようなことも、人生を通して何回もできるものではないのだから。将来禿げるかも知れないし。2回目は、髪のケアも少しは慣れて簡単だった。ヘアゴムのストックもあったし、色々と前よりも楽だった。去年の10月、ヘアドネーションをできる長さになってようやく切った。今もまた伸ばしている。美容院の予約をとるのも髪型を決めるのも面倒だから、結局また伸ばすことになりそうだ。

 


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