シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#145 そこにいたこと

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※読む人によってはつらい箇所もあるかもしれません。予めご了承ください。

 

 日記によると私が荒浜と石巻を訪ねたのは2018年の119日と20日らしい。津波の被害を受けた沿岸部は災害危険区域となり、かさ上げ工事がされていた。吸い込む空気の中に砂ぼこりを感じながら海まで歩いた。

 荒浜は住宅地がまるまる流されて家の基礎だけが残っていた。立ち退きに反対する人は自分の土地に黄色い旗を掲げていて、それが風になびいていた。震災遺構となった荒浜小学校がぽつんと残っていて、建物が寂しげな顔をしているように思った。

 1階では波をかぶった教室ががれきを撤去されたまま残されていた。黒板には子供が書いたであろう「今でしょ」という当時の流行語があった。私のいた大阪の中学校でもCM林修をまねて「今でしょ!」と誰かが言っていたのと同じように荒浜の小学校でも誰かがふざけていたのだろうと思うと不思議な感じがした。なんでもないような落書きが震災遺構となった小学校に残っていて、それを書いた子供は今はもう中学生や高校生、あるいは社会人になってるのだろうと思うと、なんだか頭がクラクラした。老夫婦がいて少し喋った。彼らは少し離れた町に住む人で、実際に荒浜地区に住んでいた人ではなかった。つまり直接の被害者ではなかった。私は話す人がいてほっとした。車で来た彼らは私を地下鉄の駅まで送ってくれた。

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石巻市旧北上川






 石巻は海岸にたどり着くのが難しいほど工事ばかりだった。津波を逃れた人々が一夜を過ごしたという日和山公園に上って、海を眺めた。地元の高校生が山上の神社で参拝していた。鳥居から海を見下ろして、でも津波が来る前の街並みが想像できなかった。工事のための車両が行き来していて、慌ただしかった。この文章を書いている現在、地図アプリによれば、私が見ていた場所には「石巻南浜津波復興記念公園」というのがあるらしい。津波の被害を示すボードがあって、門脇(かどのわき)と南浜の両地区は、災害危険区域となって人が住めなくなったと書いてあった。

 旧北上川沿いにフェリーの発着場があった。誰かが教えてくれた、猫が住む観光地の島はここから行けるのだった。でも私は観光をする気になれなかった。

 結局その日は海まで行けずに川沿いを戻って石巻駅まで帰った。門だけ残った家があり、何かがあったであろう場所があり、どこからか来たであろう工事の人がいた。午前中訪れた石ノ森漫画館の白い建物が何だか場にそぐわないと思えるほど考え込んでしまっていた。美しいデザインの駅も、街角に立つサイボーグ009の登場人物の像も違和感があった。別に震災と津波だけがその場所を表すわけではないのに。そして私は一日だけ訪れた旅人でしかないのに。

 かさ上げ工事をしても、人や街が戻るわけではないのに、なんて残酷なことを21歳の私は考えていた。モヤモヤした思いを抱えながら仙石線を仙台まで帰った。そして東北大に進学した高校時代の友人Rとご飯を食べた。

 

 202188日、列島は雨が至る所で降っていた。すでに高校野球の開会式は雨天順延になっていた。私は事故で入院していた。手術をして2日経って、車椅子で動けるようになっていた。夕食は6時からだと決められていた。私は賑やかな場所で食べたかったので車椅子を漕いで病棟の共用スペースに行った。共用スペースではテレビがあって、大抵その時間はニュースをやっていた。毎日リモコンを持っている人によってチャンネルが違うけれど、夕食を食べながらテレビを見るのがルーティンになっていた。

 明日は長崎に原爆が落とされた日だということで、池上彰が中継先の長崎からニュースに出ていた。長崎も雨が降ってること。明日予定されていた様々な集まりが中止になったこと。そういうことを彼は東京のスタジオに伝えていた。スタジオにはアナウンサーがいて、リモートで番組に参加している鈴木福古市憲寿も時々画面に映った。

「福君、長崎市被爆建造物はどれくらいあると思いますか?」という池上彰の質問に福君が答えていた。池上彰はいつもクイズ形式で話すなあと思った。福君が何か数字を答えて、それは正解からそう離れていない数だった。前日に撮ったであろう映像が流れて、山王神社の一本柱鳥居が紹介されていた。爆風で片方の足が倒壊してしまった鳥居は今も片足で立ち続けている。VTRの中の池上彰は柱に彫られた文字が、爆風と衝撃によって消えてしまったことを話していた。ジャーナリストの彼は、テレビの中で物知りであることを演じ続けないといけない宿命みたいに思える。彼の仕事は、人間一人がカバーできる知識の範囲をとうに超えているような気がしてならない。彼は自分の話した内容、書いた文章を一体どれだけ覚えているのだろう。知ったかぶりをして乗り切ったりしてないのだろうか? なんて意地悪なことを考えてしまう。それとは別でCOVID-19とオリンピックと原爆と大谷翔平を一緒くたにして、テレビ局の人達は頭がおかしくならないのだろうかとかも思う。入院中よくテレビのニュースを見たけれど、情報を処理できなくて時々頭が痛くなった。

 

 また少し時間が経って2021911日。あの日から20年経ったということでテレビでは特集が組まれていた。なんだかお決まりの光景のように感じてしまっている自分がいた。

 1月には阪神淡路大震災を、3月になれば東日本大震災を、4月には福知山線脱線事故6月は附属池田小の事件、あるいは沖縄戦で、7月にはやまゆり園。8月になると俄かに戦争の話を始めるテレビ。考えないといけない、感じないといけない。そんな圧力がある、ような気がする。

 しかしそれが何の意味がある? 考えて感じて、だからなんだというのか?

 別に私が心を痛めたところで世界が変わるわけではないし、テレビがそれを伝えるからといってそのことを考えないといけないなどと決まっているわけではない。

 留学生の友達は私に言った。「広島に観光に行きたいけれど、原爆のことを私は見れない。だから広島には行けない」

 瀬尾夏美さんの本——『あわいゆくころ——陸前高田、震災後を生きる』と『二重のまち/交代地のうた』のどちらかだと思う——の中で、震災後の光景を「見ておいた方がいい」と考える親に連れられて、東北に来た子どもの話があった。大人になったその人は親に対する違和感を語っていた。

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石巻市日和山公園

 高校の卒業旅行で沖縄に行ったのは2015年の春のことで、今のところそれが、私にとって最初で最後の沖縄旅行だ。首里城に行けばよかったと今なら思う。当時の私は沖縄戦のことを知りたかった。沖縄に行くなら、ひめゆりの塔や平和祈念資料館に行くのが当然だと思っていた。部活の面々も同じように思っていると考えていた。でもそうじゃなかった。私は言い出せず、結局、「楽しい」ところだけを回った。美ら海水族館国際通りでふと我に返り、これで良いのかと考えたりしていた。

 広島にも東北にも沖縄にも、いろんな人がいて、いろんな側面がある。どれか一つの側面だけでその土地について決めつけてしまうのは良くないことだ。もちろん災害や戦争がある土地に大きすぎる爪痕を残していることはあるだろう。それでも災害や戦争以外の側面、その土地にあった人々の営み、喜び、歴史を無かったものかのように考えたくはない。

 仙台市は荒浜地区に住んでいた人に行ったアンケートの結果をサイト上で公開しているのだけれどその中に「思い出いっぱいだった母校が、傷ついたまま人目に晒されているようで悲しい」という意見があった。

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 私のような人間は、外から来て荒浜を歩いて何か学んだような気になって帰る。別にそれが悪いこととは思わない。けれど、自分の住んでいた土地に「被災地」というレッテルをただ貼られただけでそのままなら、それは悲しすぎる。私なら悔しい。もどかしい。

「何人死んだ」「行方不明は何人だ」「どこどこの集落で何世帯何人が孤立している」「選挙で何票を集めて当選」「日本のメダル数は何個」「東京都の今日の感染者数は何人」「自宅療養者は何人」「大阪府の今日の感染者数は何人、死者数は何人」————。私たちは全知全能ではないから、どうしても数字を頼りにして物事を探ろうとする。でも数字には出来ないこと、簡単には言葉にならないことも、同じようにきっと大切なはずだ。

 仙台市の公開するpdfにはこんな意見もあった。「荒谷集落の成り立ちや歴史、震災前の暮らしの様子などがわかるような展示を行い、見学者に荒浜(深沼)という集落があったことを伝えてほしい」「お寺、郵便局、思い出に残っている商店などもわかるようにしてあると嬉しい」

 実際、2018年に訪ねた旧荒浜小学校の4階には荒浜地区のジオラマがあった。模型にはたくさんのピンが刺されていて、「○○さんの家」「ここによくデートで行った」という風に誰かの思い出が書かれていた。良い試みだと思う。数だけじゃわからないことが、言葉にできないことがたくさんある。誰かにとって大事なことならば、できるだけ残ってほしいと思う。

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