シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#104 大学が始まる

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 ゴビゴビ砂漠いわく平安時代は今と同じような温暖な気候だったらしい。ゴビゴビ砂漠というのはクラスメイトのあだ名である。

 彼の言う通りだとすれば、たとえば菅原道真の祟りだと考えられていた洪水や落雷は、もしかしたら温暖な気候のために起きたことだったのかもしれないし、末法思想が広まった原因の一つでもある疫病も、洪水や台風の影響で衛生状態が悪くなったからかもれない。熱帯あるいは亜熱帯であれば感染症の種類も多くなるだろう。そういえば平清盛の死因をマラリアだとする説も聞いたことがある。なるほど彼が仕入れて来た知識はけっこう正しいのかもしれない。

 何はともあれ雨だった。昨日の夕方から冷たい風が吹いていて、今週末には台風が来るらしい。今週末は天神橋筋に落語を観にいく予定だったけれど大丈夫だろうか。ゴビゴビ砂漠は土曜日から九州に旅行にいくらしい。そんなことを話しているうちにS先生が来られて服飾史の授業が始まった。S先生は襟だけが白いベージュ色のシャツの上に、明るい紺色とも濃い灰色ともとれるスーツを着ていた。ネクタイは紺色だった。授業では『メットガラ(原題:The First Monday in May)』と言う映画の冒頭を観た。服飾もまた美術なのだと思うが、しかし華美すぎる美術は私は嫌いで、画面の中に映る服よりももっと実用的な服がよいと思った。伝統的な染色技術や、使ううちに馴染んでくる生地、生活の中に映えるデザイン、そういう物の方が私は好きだ。何回もスクロールしないとたどり着けない場所に眠っているスマホの中の写真がすでに死んでいるように、マネキンやモデルしか着ない服はもうすでに服ではないように思う。服は着る人が生きていてなんぼだと思う。

 最近ファッションに関するドキュメンタリー映画が多く作られているけれど、それだけ社会の関心が高いのだと思う。ファストファッションが増えて、誰でも簡単におしゃれが手に入るようになった。もちろんファストファッションはいいことばかりではなくて、大量廃棄や途上国における搾取に繋がっている場合があるのだけれど、これについてはもう少し勉強してからまた書こうと思う。S先生が言うには、フィクション映画の業界は深刻なアイディア不足にあるためドキュメンタリー映画が注目されているという事情もあるそうだ。授業が終わるとゴビゴビ砂漠は塾講のバイトに行き——彼はスーツを着て服飾史の授業に臨んでいた!——私は雨の中原付を走らせて石橋のメインキャンパスにむかった。今日は友人トモとご飯を食べ、一緒に銭湯に行くのだ。

 

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 コーヒーを飲みながらロシア語の課題をしていたらトモが来た。いつものように無言で急に私の視界にぬっと現れる。厳密にいえば無言というのは間違いで、ちゃんと声をかけてくれるのだけど何しろ声が小さいので、今こうして文章にするにあたってその時の声を思い出そうとしてもなかなか思い出せない。「久しぶり」が彼の第一声だったように思うけれど確信がない。

時に着きそう」とか「今授業おわったから向かうね」とか連絡してくれてもよさそうなのに彼はしない。それが彼の良さでもあるのだけれど、何分程度待てばいいのかわからないから今日は集中できずにだらだら勉強してしまった。

 ミスタードーナツでコーヒーを飲みながら夏休みの出来事だったり就活のことだったりそういうごくごくありふれた話をした。彼が四国カルストに行ってキャンプ場で星空を見た話はすごくロマンチックで夏休みらしいエピソードだと思った。

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石橋阪大下の洋食屋ピノキオ

 洋食とインドカレーで迷った後で結局洋食に決めた。初老の夫婦がやっている洋食屋「ピノキオ」。階段を上って着いた昭和風情の店内がコロナ禍の今、懐かしく思えた。5月の末にも来たのだけれど、78月のとんでもなくしんどかった時期を乗り越えて、数年ぶりに来たような気がした。初めてピノキオに来た時からもう5年近くも経つけれどおばちゃんは相も変わらずハキハキと喋っていて、おじちゃんがこちらから見えない場所からおばちゃんと会話しているのも同じだった。私はコロッケと唐揚げの定食で、トモはてりやき定食だった。てりやきも美味しそうだったので唐揚げと交換した。どういうわけか期間限定で定食は100円引きになっているようだったので月末か来月にまた誰かを誘って期間中に行こうと思う。サークルの先輩に連れられてみんなで来たことや、高校時代の友人Jに大学案内した後にピノキオでご飯を食べたことなどを思い出した。大学を卒業できる目途が立った今、そう何回もこの定食屋にも来ないだろうと思った。トモも昔のように研究の話や最近読んだ本の話ではなく、進路のことや就職のためにプログラミングを勉強している話をしていた。就活など関係ないだろうと思っていた私自身も焦り始めている。同じ年に入学したゴビゴビ砂漠もロシアへの留学を終えてもうすぐ卒業する。できることならこの時間が永遠に続けばいいと本気で思ったりするけれど、そんなファンタジーに逃避できる時代ももうすぐ終わる。数年のうちに自分が生きるための方法を見つけないといけない。不安しかない。

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おすすめはコロッケの食べられる定食

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ものすごい良心的な値段です。量も多いです。

 そういう話をしようかと思ったけれど向かいの席でともはのんきにテレビを見ていたので邪魔しないようにした。

 濡れた靴とズボンの裾が気持ち悪くて早く銭湯に行きたかったけれど彼は悠長にテレビを見ていた。せかせかとおばちゃんが来て、空いた私のお盆を下げても全然気にも留めないでザキヤマのコメントに笑ったりしてる。私はあきらめてスマホを見ていた。

 逆に銭湯では彼を待たせてしまった。コロナの自宅待機期間中に駅前の「平和温泉」は改修工事があってタイル絵や水風呂の仕様が新しくなっていた。普段から長風呂の私は、これから原付で雨の中下宿に帰ることを考えていつにもまして長く湯に浸かった。季節の変わり目でアトピーの状態も悪いので薬湯にもしっかり浸かった。スチームサウナ→水風呂→お湯→薬湯→スチームサウナのサイクルを何周も続けている間、トモは颯爽と風呂から上がり脱衣所でテレビを観ていた。今度はケンミンショーで全国のスイーツが紹介されていた。ちょうど私が風呂から上がると法多山の厄除け団子が画面に映っていた。「静岡県民は五本串のこの団子が大好きなんてテレビは言うけれど、静岡も広いのだから浜松の人が好きなものと、伊豆の人が好きなものは違うだろうと思った。相変わらずテレビでは大きな主語が好まれるらしい。兵庫県のスイーツとしてトミーズのあん食も紹介されていたけれど、西宮市民の私にとってはあまり身近なものではないので少しがっかりした。そもそもトミーズのあん食やりくろーおじさんのチーズケーキといった特定のお店の特定の商品と、しろくまずんだ餅、サーターアンダギーといった郷土料理が並列して語られることに違和感があった。同時にそんな風に物事を難しく考えている自分は、窮屈だとも思った。ともかく私が兵庫を代表するお菓子を挙げるなら御座候だと思う。脱衣所から1枚暖簾をくぐった休憩所でも彼は甘酒を買ってケンミンショーの続きを見始めた。揚げたてのサーターアンダギーは美味しそうだった。甘酒をうまそうに飲むともの横顔も幸せそうだった。

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