シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#103 くつすてた。

 

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 実家に帰った。リンゴを買った。剥いて食べた。

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つがるりんご

 プリモントリオールを捨てた。ナイキの黒い靴。かっこいい靴。靴底に穴が開いて、雨の日には靴下が濡れるようになっていた。洗えない靴らしいから、天日に干していたけれど、くたびれていてもうお払い箱だった。

 買ったのは2016年の夏。大学に入って初めての夏だった。買ったのは実家から一番近いABCマート。その靴を履いて関東に遊びに行き、高校時代の友達と遊んだ。浅草、鎌倉、江ノ島、原宿。原宿の竹下通りが物珍しくて何回も往復した。欲しかったFILAのパーカーを買った。大学生になったからこそ話せることもあり、高校時代に戻って話せることもあった。楽しかった。FILAのパーカーとプリモントリオールと黒いジーンズを履いたらオシャレになった気がした。オシャレな服を着たら気分がよくなるということを知った。外見の自信と内面の自信がこんなにも関係しているなんて。大発見だった。髪の手入れもお化粧も、大事な人にとっては本当に大事なんだなと思った。

 

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水無瀬神宮 お水が美味しいです

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浜大津

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琵琶湖沿いを走る

 そして201711月末。むしゃくしゃした私はプリモントリオールを履いて自転車に乗った。大学の友達の家から出発して171号線沿いをずっと走って行った。福井に住む友人若林のところまで行こうと思った。水無瀬神宮で水を汲んで、大津まではすぐに行けた。それでも琵琶湖の西岸は延々に終わらなかった。湖から吹く風が強くて、おまけに午後には雨が降ってきた。プリモントリオールじゃなくて他の水洗いできる靴や、もうくたくたになった古い靴にすればよかったと思った。でももう引き返すわけにもいかなくて、ペダルをこぎ続けた。白髭神社の鳥居をみながら一休みし、安曇川のスーパーマーケットでまた一休みして、でも雨がどうしてもひどいのでゲストハウスを急いで探してチェックインした。山水ハウスのオーナーは濡れ鼠の私をそのままお風呂に案内してくださった。「山水」と書いた下にローマ字では「shanshui」と書いてあったので不思議に思って訊けば、オーナーさんは中国東北部の出身だった。旅館だった場所を買い受けて、ゲストハウスに改装したそうだ。ゲストハウスのある近江中庄には夕ご飯を食べる場所がないので、マキノ駅前にある料理屋さんまでハイエースで連れて行ってくれた。宿泊客は私のほかにもう一人男の人がいて、仕事でこちらに来ているようだった。自転車で旅行していることを言うと、自分も大学生の時に自転車旅行をした話をしていた。チューブを持っているかと訊かれて、ないと答えたら驚いていた。思い付きで始めた旅行であったからそんなに後先を考えていなかった。パンクしたら困ると思ったけれど、チューブを持っていたところで自分で直せるとも思えなかった。次の日は朝早くに出た。雨あがりの朝は寒くて、でも澄んだ空気とその中を充たしていく光が綺麗だった。その中をまた走って行くのはワクワクした。

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白髭神社の鳥居

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山水ハウス

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朝の空気

 近江から越前に抜ける道は古くから存在しているらしく、奈良時代には愛発関(あらちせき)というのがあったらしい。遠い昔、頼朝に追われた義経も弁慶らと共にこの峠を抜けて東国へと逃げたらしいけれど、当時は荒れた道だっただろうと思う。今でこそ山を削ってできた国道161号線が通ってトラックがたくさん走っているけれど、昔の山越えは大変な苦労であっただろうと思う。「あらち」という言葉も「荒地」とか「荒血」「新血」といった意味に通ずるのだと思う。長い上りが終わると県境にはスキー場があった。今度は下り坂が続いて今までの苦労が報われたような気がした。しかし敦賀に入ったからといって山道が終わるわけではなく、敦賀から福井に向かう国道8号線は海沿いで景色は綺麗だったけれど幾つもトンネルを越えた。自転車でトンネルを走るのは今まで経験したことがないから恐怖だった。第一音が怖かった。すぐ横をトラックが後から後から走り抜けて行って、このまま死んでしまうのかもしれないと思ったりした。武生という場所にはいわさきちひろの生家があって、一休みしようと入ったのはいいけれどかなり長い時間過ごしてしまった。いわさきちひろさんに関する写真や書籍があって楽しかった。祖母がいわさきちひろの絵を好きだったので、小さい時からよく見ていたけれど、彼女の人生がこんなにも波瀾万丈だったとは知らなかった。戦中、戦後の経験やが平和に対する考え方や作品に繋がったという説明がされていた。いずれ安曇野と練馬にある美術館に行きたいと思った。

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国道8号線沿いの海水浴場。敦賀

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いわさきちひろの生家

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サークルの先輩の母校

 鯖江で大学の先輩の母校に寄って写真を撮ったりなんかしているとまた昨日のように土砂降りになった。また靴が濡れてそのまま福井についた。若林はバイトらしいので私は先に宝永湯という銭湯に入った。湯船につかっていたら一人のおじさんに話しかけられて、自転車で関西から来たことなどを話していると、なぜか私の話が広まってしまったらしく、脱衣所で服を着る頃には福井のおじさんたちにたくさん話しかけられた。

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ヨーロッパ軒のソースカツ丼

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若林と作ったカレー

「自転車でよくきたねえ。こんな何もないところにありがとうね」というようなことをみんなが言うたので、福井の人は優しいのだなあと思う反面、そんなに何もないところなのかと気になってしまった。調べてみると福井県の観光地——東尋坊芦原温泉、恐竜博物館、永平寺などなど——は確かに福井市中心部からは遠かった。しかし私は観光に来たわけではないし、また「何もない」わけでもないだろうと思った。探せばたくさん見つかるだろうとそんなことを思っているうちに若林が来て、一緒にラーメンを食べた。それから下宿に行った。もう何を話したか覚えていないけれど、おすすめの漫画を訊いたと思う。彼に教えてもらった『プラネテス』をその後2018年の2月に読んだ。とてもよかった。好きな音楽をお互いに選んで交代でYouTubeで流すというのもやった。彼が選んだピロウズの曲が良かった。私はその頃戸川純にはまっていて、YAPOOSをかけた。YouTubeには「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングのコーナーでタモリ戸川純が喋っている動画があって、もう30年も前のテレビなのに二人のやりとりがとても新鮮でいい感じなのであった。2日目には自転車でヨーロッパ軒に行ったり市内を走ったりした。スーパー銭湯に行くと湯船の中で若林は貧血になっていてひやっとした。二人で八百屋に行って材料を買い、カレーも作った。そして次の朝、私は自転車を輪行袋に入れて電車に乗り、関西に帰った。自転車であれだけ頑張って走った距離は電車に乗ると一瞬だった。

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福井駅

 靴を捨てる時になって私はそんなことを思い出してしまう。その後直接西宮には帰らず、京都に寄り道して高校時代の友人Sの家に泊まらせてもらったのだ。彼と一緒に食べた三条パクチー、彼が弾いたギターと中島みゆきの物まね。東山にある銭湯、銀水湯で出会った人達。Sは別れ際に私にギターをくれた。白いギター。まだ全然うまく弾けないけれど、彼みたいに弾き語りができるようになれたらいいな。

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三条パクチー

 

 今年の3月、青春18きっぷで東京まで行き、友達と会って、そこから宮城県栗原市1週間過ごした時もプリモントリオールを履いていた。その前の2月末に天川村に行った時もこの靴だった。渓流沿いの岩場で遊ぶ時、すり減った靴底が滑ってひやっとしたのだった。友達が投げて渡してくれたチョコレートもバスを待つ間に飲んだコーヒーの味も未だに覚えている。この靴と一緒にいろんな場所に行っていろんな人と会った。そういった思い出はもしかしたらこの靴がなくなったらもう思い出せなくなるかもしれない。私はそれが怖い。だからこうして捨てる前に色々書き残そうと思う。でも書いても書いてもきりがない。でも、捨てるのはもう決めたことだ。日々は続く。前に進まないと。

 ああでも捨てたくないなあ。でもかなり匂うからもう駄目だよなあ。 

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天川村でハイキング

 永遠の嘘をつきたくて僕たちはまだ旅の途中。

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宮城県栗原市 花山ダム

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栗原市はここです。

 

 

 

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