シゲブログ ~避役的放浪記~

些細な出来事、思い出、映画や音楽、フィクションと詩

#62 振動

 

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 動悸が止まらなかったのがだんだん落ち着いてきた。惰性のままにスマホの画面を延々見ていた。そうしないとずっと考え込んでしまいそうだった。サマープログラムの面接。私は自分の怠惰と幼稚、人間としての未熟さを思い知って家路についていた。たかが面接じゃないか、なんて笑えるような精神状態ではなくて、ただただ落ち込んでいた。失敗したのは明らかで面接官に言われた言葉を延々と頭の中で繰り返していた。どう答えたらよかったのか、何回考えてもわからなくて焦っていた。簡単な質問に答えられなかった。そんな自分はひどく無価値で、必要のない人間に思えた。求められているのにうまく答えられなかった不甲斐なさ。そんなものを一緒くたに抱えて泣きそうになりながら電車に乗っていた。ぼーっとスマホの画面を見つめるのをやめたら涙がこぼれてしまいそうだった。いまはサマープログラムだからいいけれど、これがもし就活だったならすぐに病んでしまうのだろうなと思った。ぞっとした。

 スマホを片手に十三駅で乗り換える。別に何かをするわけでもなくスマホを見つめている。お気に入りのブログが更新されているかどうか、ツイッターには今どんな人がいるのか。メールをチェックして、ラインもチェックした。苦手なくせに、別に送らなくてもいいようなラインを数人に送った。夕方の跨線橋は仕事帰りの人で混雑していて、学生服姿もちらほらいた。神戸行き1番線は久しぶりで、大学に入る前は毎日使っていたのに変な感覚だった。部活後にくたくたになって電車を待っていたことや、塾帰りの遅い時間にベンチで寝そうになっていた日々を思い出し、高校生に戻った気がした。その日のホームにも、かつての私のように日焼けした学生がいて手には大きな象印を持っていた。夏服だった。

 リュックサックを下すのがめんどくさいなあなんて考えている間に、たくさん乗ってきて、下すに下せなくなった。申し訳ないな、と思いながらスマホを触っていた。面接官に言われた言葉がどうどう巡りしてなんて返したらよかったのか考えていた。でも面接で本当の自分をさらけ出すのは怖くて、きれいな言葉で自分を塗り固めようとしていた。つらかった。何が正解かもわからないし、何を誇ればいいかもわからない。就活ってこんな感じなのかな。もしそうだとしたらまっぴらだな。抽象的な質問も、自分語りも、全然本質的なものとは思えなかった。私を見て、面接官も完全にあきらめた様子だった。何も発言しない時間が続いて、部屋の中に鉛のような空気が流れた。面接官二人のうち、今まで何も喋らずメモを取るだけだった面接官が業を煮やしたように話し始めた。あきらかにいらいらしていたし、言葉もぶっきらぼうだった。その人は「君の人間がわからない」というようなことを言った。私はその頃には真っ白になっていた。同時に「こんなこと言われるのは、もう駄目なんだろうな」と冷静に考えてもいた。「その場所に行って文化や考えを知りたいみたいだけど、それって旅行でもいいんじゃないの? わざわざプログラムに参加する意味あるの?」みたいな質問もされた。そんなことを言われたら「確かに旅行でもいいかなあ」って思ってしまって言葉に詰まる。その頃にはもう面接を続けるのが苦痛になっていて「もう帰ります!」とヒステリックに宣言してこの部屋から出たらどんなにすっきりするだろうかなんて考えていた。「お前らなんかにおれのことが解ってたまるかよ」

 

 サマープログラムの専攻面接でさえこんなにしんどいのだ。働く会社を探すのはもっときびしいに違いない。就職活動に疲れた友人たちを見ると、自分が耐えられるとは思えなかった。リクルートスーツを着て大学に来ている人たち、インターンでわざわざ東京に行くような人たちに尊敬の念が湧いた。

 神戸方面に向かう列車が動き出すと、つり革が振動した。車体のブルブルという揺れが手に伝わった。つり革なのにはっきりと振動が伝わっていて驚いた。今までに触ったどのつり革よりも振動がはっきりとしている気がした。私はみんなが気づいているかどうか知りたくて周囲を見渡したけれど、だれも気付いていないようだった。たぶん久しぶりに電車に乗ったから振動を大きく感じただけなのだろう。こんなのみんなにとっては当たり前のことでしかないのだろう。そう気づいて我に返った。私を取り巻いていた靄が一瞬だけ晴れて、自分自身を客観的に見つめることが出来た。やらないといけないことはいくつもあった。

 

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〈付録~50年前の高野悦子~〉

 20196月末までの間、ブログの終わりに、高野悦子著『ニ十歳の原点』の文章を引用しようと思います。『ニ十歳の原点』は1969年の1月から6月にわたって書かれた日記なのですが、読んでいて思うことが多々あるので、響いた箇所を少しずつ書き写していこうと思います。何しろ丁度50年前の出来事なので。

 

六月十九日 雨

ティファニー」にて 

  一切の人間はもういらない

  人間関係はいらない

  この言葉は 私のものだ

  すべてのやつを忘却せよ

  どんな人間にも 私の深部に立ち入らせてはならない

  うすく表面だけの 付きあいをせよ

 

  一本の煙草と このコーヒーの熱い湯気だけが

  今の唯一の私の友

  人間を信じてはならぬ

  

  己れ自身を唯一の信じるものとせよ

  人間に対しては沈黙あるのみ