シゲブログ ~避役的放浪記~

些細な出来事、思い出、映画や音楽、フィクションと詩

#41 不確実性の時代におけるデートについて

f:id:shige_taro:20190114081954j:image


 もしあなたが優しい人だと思われたいのであれば、集合場所はビッグイシューの販売員がいる駅にするべきだ。相手が来た時を見計らってビッグイシューの最新号を手に取りきっかり350円を渡すのだ。お釣りをないようにするのが親切と言える。改札を出たばかりの彼女または彼は、あなたが愛情に溢れた人だと思い、尊敬の眼差しであなたを見つめる。そうなるとデートはもう成功したようなものでランチの会話も弾むし、劇場で観る映画も決してハズレではない。

 この作戦には1つ欠陥があって、恋人がビッグイシューについての知識がない場合、あなたは「道端で売られているヘンな雑誌を買うヘンな人」と思われることだ。その場合あなたは説明をする必要がある。

 もっと悪い場合も考えられる。昨今、どこの駅前にも必ずと言っていいほど宗教の勧誘を行なっている人たちがいるので、ビッグイシューの赤い服を着た販売員を宗教勧誘と勘違いすることもあるかもしれない。二重の勘違いによってあなたは「宗教の機関紙を買ったヘンな人」になる。状況はよくない。彼または彼女はあなたのことを心配し、あなたの過去の言動に宗教的なものがなかったか記憶を辿るかもしれない。

 あなたが牛肉を進んで食べないことを彼女または彼は知っている。「肉牛を育てることは環境に悪いから」とあなたはいつも説明していて、バーチャルウォーターやカーボンフットプリントの観点からこれは正しいのだけど、そうした細かいデータをあなたは恋人に語ったことはない。小難しい話はカップルがする会話としてふさわしくないとあなたが思っているからだ。きちんと説明をしなかったばかりに、あなたの恋人はあなたが牛肉を食べないことを宗教的理由のためだと勘違いする可能性もゼロではない。勘違いした相手はこう言うかも知れない。「私も今日からは牛肉を食べることをやめてみようかな」このセリフの後、恋人はその宗教について興味津々で聞いてくるだろう。

あるいは、たまたま駅前で勧誘しているような宗教の中に牛肉摂取を禁じている宗教があって、すでに彼または彼女がその宗教の信者であることも考えられる。可能性は十分にある。おそらく、誤解した恋人はあなたに優しくハグをするだろう。自分の信教について公に語る者に対して胡散臭い視線を向けるこの社会で、その人は今まで自分の信仰を誰かに打ち明けることができなかった。あなたは恋人でありながら、神をも共有する存在になった。同志となってしまったあなたは間違いを指摘することができない。彼女または彼の秘密を知ってしまった以上、ここで真実を明かすと相手は落胆するだろう。秘密を誰にも打ち明けることができなかった悲しみや苦しみを想像し、あなたは数秒間沈黙する。もちろんあなたは誤解を解かないのも裏切りであると知っているからしばらくの間苦悩しなくてはならない。あなたの頭の中でシーソーがゆらゆらゆれている。


 全く逆の場合も想定される。宗教を持つ人に対して彼女が嫌悪感を抱いている可能性も除外できない。そうなるとあなたは窮地に立たされる。あなたはビッグイシューについて説明しなくてはいけない。ビッグイシューの歴史や社会的役割について話さないといけなくなる。あなたはビッグイシューの活動に共感しているからついつい話過ぎてしまうかもしれない。

 それで誤解が解けるならばよいのだが、早口で話すあなたが与えるのは不信感である可能性もある。しかしそうなるともうおしまいで、このデートは大失敗だ。もうお手上げで、何をしても悪い方向へと進む。あなたは家に帰り自室の床で体育座りになったまま1時間ほど過ごすだろう。


 と、ここまで考えたところであなたはスマホを放り投げる。プラスチックと金属でできた板はすぽっという音とともに布団に受け止められる。ああデートに誘うなんてどうかしてる。やはりあなたはその人をデートに誘うべきではない。恋も愛もそもそも初めからなかったのだ。たしかなのはあなたの頭の中だけであり、その他のことは想像するしかない。他人の思考など決してわかることはない。想像しても無駄なのだ。大の字になったあなたは青い天井を眺める。あなたが数秒間凝視すると天井には魚が泳ぎ始める。色とりどりの魚がいるから熱帯の浅い海だろう。ちょうど海底から海面を見上げた形である。日光が波に乱反射してゆらゆらとゆれる。すいと泳ぐウミガメの腹を眺めながらあなたは眠りについた。

 

 

 

結論 完璧などないのだから失敗などに怯えてはならないし、人間は分かり合えない。


f:id:shige_taro:20190114081959j:image