シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#26 ワールドカップと残り香

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 フランスの優勝でワールドカップは幕を閉じた。クロアチアは頑張ったけれどフランスは強かった。トリコロールを身にまとった選手たちがグラウンドを走っていく。優勝を記念したシャツが選手とスタッフに配られて、みんながおそろいになっていた。喜び方にも選手それぞれの個性が出ていて視ていておもしろかった。クロアチアの選手はみんな泣いていた。観ていて辛かった。テレビカメラはフランスの選手とクロアチアの選手を交互に映すから。感情がぐちゃぐちゃになって、微笑みながら泣いていた。次第に画面はフランスの選手が長い時間映るようになった。ロシアでのワールドカップなのに会場ではパイレーツオブカリビアンの音楽が永遠にリピートされていた。その裏でクロアチアのチームは円陣を組んで何か話し合っていた。

 好きな映画に「負けて泣くスポーツ選手」が好きな登場人物がいて、私は泣いているモドリッチを見ながらその映画を思い出したりした。そういえばあの映画はフランス映画だった。私が観た初めてのフランス映画。とっても良かった。

 

 

 私も負けて泣くスポーツ選手が好きだ。高校野球を視ながら毎試合毎試合泣いている奇妙な子供だった。初めてラジオで聞いた甲子園は天理高校青森山田の試合で、第86回大会の開幕試合だった。祖父母と母と車に乗っていて、みんなで実況を聴いていた。その試合は延長戦にもつれ込んだ末に天理が逆転して勝った。対戦相手のエースはまだ二年生だった柳田将利で、彼は次の年にも甲子園で活躍してプロに行った。でもプロの世界は厳しかった。あんなに速い球を持っていたのに活躍できなくて、私が知らない間に引退していた。

 その試合から私は天理高校を応援するようになった。紫の色を基調としたユニフォームがかっこよかった。その頃の私は紫色が大好きでけん玉の糸も紫にしていた。他の高校の帽子にはアルファベットの頭文字なのに、天理の帽子には漢字で「天」とだけ書かれていて、それも好きだった。その昔、奈良に住んでいたこともあってそれも天理高校を応援している理由の一つだった。今はそうでもないかもしれないけれど、私が小学生の頃、奈良の代表は毎年天理高校だった。

 第87回大会、天理は一回戦で負けた。相手は機動力で攻めてくる国士館高校。チームの中心は9番と1番を打つ高橋兄弟で、双子の彼らはめちゃくちゃ足が速かった。塁に出ると毎回盗塁を決めてくるのだ。9回の表まで天理が勝っていたのにエラーと高橋兄弟の好走塁で国士館が追いつき、延長の末に天理は破れた。味方の攻撃の時に天理のピッチャーが泣いていた。つられて私も泣いた。号泣した。阪神タイガースは負けてもまた次の日試合できる。でも彼らが甲子園でプレーできるのは今日のこの試合しかないのだ。

 

 

 「この一瞬は二度と来ない」ということが私は怖い。子供の頃日記をつけてたのだけれど、そこには毎日の出来事を全部書き残しておきたいといった軽い強迫観念があった。必死で記録を残そうとしていた。もちろんそんなことは不可能で、それに気づくたび私は悲しくなった。

 

 

 パイレーツオブカリビアンのテーマはまだ流れていて、フランスの選手は思い思いのまま嬉しさを表現していた。サポーターとみんなでバイキングクラップをしたり国旗を掲げて走ったり。観客も選手もスマートフォンを持っていて写真を動画をいっぱい撮っていた。奇妙な光景だった。

 スマートフォンで撮影をしているということは一歩引いた視点で自分の状況を見ているということだと思う。ということは100%その興奮に埋没していないということなのだろうか。電子機器は感動の濃度も薄めるのだろうか。いや感動を切り取って残せるのだから濃度が薄まるだけで感動の絶対量は変わらないのかもしれない。動画や写真は感動を何度でも呼び起せるのだからむしろ絶対量はこっちの方が多いのかもしれない。夜が更けていった。

 

 

 30分以上も彼らが喜んでいる姿を見ているとさすがにちょっと飽きてきた。間違いなく彼らにとっての人生のピークの一つで、選手もスタッフもこの瞬間を迎えるために何年も何年も努力してきたのだ。2年前のヨーロッパ選手権はフランス開催だったのだが、フランスは決勝でポルトガルに負けた。その悔しさをまだ覚えている選手もいるだろう。それでも私にとってはあくまでも他人事で、彼らの姿を見ながらこんなにも高揚感が長く続くものかと思った。多分、彼らの脳内には麻薬のような物質が出ているのだろう。それでも高揚は30分も続くだろうか。彼らはふと我に帰ったりしないのだろうか。不思議に思いながら見ていた。興味深かった。

 

 

 ようやくパイレーツオブカリビアンが終わって表彰式になった。大会MVPに選ばれたモドリッチはまだ浮かない表情でトロフィーを受けとっていた。彼は不思議な顔立ちだと思う。女性のようにも見える顔。表情によって老人にも見えるし少年にも見える。どんな性格なのか気になる。FIFAの偉い人と握手しても彼は終始悲しそうな表情をしていた。抱きしめてぎゅっとしてあげたいと思った。フランスの選手もやっと興奮が収まった様子でメダルを受け取っていた。メダルを受け取ったフランスチームはその後ワールドカップをみんなで掲げた。カメラマンがみんなで一斉にシャッターを切って金色の紙吹雪が吹き上げられた。またまた感動はピークに達しみんながみんなカメラを手にした。

 

 

 彼らの興奮はあとどのくらい続くのだろう。どんな風にして宿舎に帰ってどんな風に眠りにつくのだろう。明日も明後日も彼らは余韻に浸るのだろうか。ワールドカップで優勝し世界の頂点に立つというような興奮はどれだけの期間続くのだろう。気になる。

 これは推測だけど、負けたチームの方が余韻に浸る時間が長いと思う。フランスチームはケロッとしてメダルを受け取っていたがクロアチアの何人かの選手はメダルをもらってもうなだれていた。

 高校野球でも負けたチームがフォーカスされる。熱闘甲子園でも試合に負けて宿舎に戻った選手の様子や、晩御飯の様子が必ず映る。高校サッカーでも高校ラグビーでもそうだ。試合後のロッカールームに、宿舎に、テレビカメラは躊躇なく入っていく。大抵はうなだれたり抱き合ったりしていて、視聴者はそれを視て満足する。みんな負けて泣くスポーツマンが好きだから。でもどのチームにも切り替えの早いやつがいてそいつがみんなを笑わせてくれる。初めて笑った時、今までの暗い雰囲気は魔法のように消える。そこから段々と余韻が薄れていくのだ。

 

 

 それでも残り香はどこかにしつこく残っていて、一人になった時やお風呂に入るときにふらりとやってくる。それでも私を笑顔にしてくれた言葉は悲しさは薄めることができるし、自分は一人でないとも思える。そういう時「大迫、半端ないって」と言った彼はやっぱりすごいと思う。