シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#23 不思議な日  

f:id:shige_taro:20180817051508j:plain

 

 88日。

 昨日は遅くまで起きていて、それはなかなか寮の洗濯機を使えなかったからだった。洗濯機が空くまで30分。洗濯と乾燥で合わせて1時間。その間1階の共用スペースに座って携帯をいじったり、中国語の授業の復習をしたりした。通りかかる友達に教えてもらったりもした。寮の玄関とエレベーターの間に座っているといろんな発見があった。学生の男女が深夜に外に行って何時間も戻らなかったりした。私も意味もなく近くのコンビニに行ったりした。次の週末は台中に行こうとしているのだけれど、コンビニの自動発券機でバスの値段を調べると片道250元ほどだった。あと3日しかないから早めにチケットを買わないといけない。

 ようやく乾燥機からほかほかの衣類が出てきた時、もう1時だった。そこから30分ほど中国語をやって部屋に帰って寝た。寮に入って初めて洗濯したけれどうまくいって良かった。

 

 次の日の朝、ルームメイトと少し話した。「昨日は部屋にいつ帰ってきたんだい?」みたいなことを聴かれて2時に帰ったと答えた。部屋に入る時に彼を起こさなかったことが分かったので少し安心した。

 寮に入って1週間弱。彼とはあまり話さない。どこかしら星野源に似ている彼はゲームをやっているか、ゲーム実況動画を見ているかのどちらかである。彼の名前の漢字を教えてもらったけれど読み方がわからなくて、だからいつも私の言葉は「Hi」で始まる。福健出身で台中の大学に4年間通った彼は、ここ台南の大学で毎日実験をしている。医学を学んでいるらしい。あまり詳しいことは知らない。

 

 

 授業が9時からなのに起きたら845分だった。急いでパンを食べて教室に向かう。今日は新しい棟なのだけどなにしろ広い構内だから迷ってしまった。友達のLINEに「迷ったから遅れる」と打ってまた構内をうろうろした。ようやく教室を見つけて入ったのだけどなんと教室には2人しか来ていなかった。

 朝の授業はチャイニーズオペラの授業だった。わざわざ先生が来てパワーポイントも用意されているのに3人しか教室にいないのはシュールな光景だった。ようやく930分ぐらいになって授業が始まった。チャイニーズオペラの歴史について教わった。他の授業と同様に通訳の係の人が英語でも説明をしてくれた。オペラの歴史を語る上で中国の王朝に触れないわけにはいかないのだけれど、「王朝」は英語で「dynasty」というらしい。初めて聞いた気もするし、昔に読んだことがある気もする。

 スクリーンに「崑曲」という文字が出た。元代末期に崑山(後で調べたら江蘇省蘇州市にある町のことだった)で発達した崑劇がチャイニーズオペラの起源の一つらしい。ちなみに崑曲はユネスコ無形文化遺産に登録されているみたいだ。西遊記の映像も観た。蚊になった孫悟空が女の人のおなかに入って暴れて女の人が苦しむというシーンだったのだけれど、舞台の俳優——この呼称が適切かどうかはわからないけど——の息がぴったりで中国語がわからなくても「蚊になった孫悟空が女の人のおなかに入って暴れている」のがわかった。オペラによく登場する人物も決まっているらしくて「大官生」「小官生」「中生」「鞋皮生」「正旦」という名前が出てきた。着物や化粧の仕方で舞台にいる人物の性格や位の高さがわかるようになっているらしい。なんとなく太郎冠者と次郎冠者、主人が出てくる狂言に似ているなと思った。おなじみのいろんなキャラクターが出てくるというのは落語にも似ているかもしれない。

 私の高校では、毎年一回、文化学習の授業があった。市内のホールで舞台芸術を見るのだった。落語や劇を見るのだけれど部活や勉強に疲れているみんなは大体寝ていた。たしか一年生の時は狂言だった。演目の中で山伏が何かを探して林の中に入るシーンがあるのだけれど、その時の「やっとな!!」という掛け声がなんか面白くて仲間内ではやったりした。

 

 授業では扇子の使い方も教えてもらった。歩き方や扇子の持ち方も男か女かによって違うらしい。男性の扇子の開き方と閉じ方を教えてもらったけれど難しかった。扇子は各自にプレゼントとして配られた。台湾は熱いからサマースクールの後の台湾旅行で活躍しそうである。

 扇子を開けたり閉じたりをしていたら急に扇子をもって舞いたくなった。先生がオペラでの体の動かし方を教えているのを見ながら私は扇子をひらひらしながら踊っていた。突然、ある記憶がよみがえった。かなり古い記憶で、その時わたしは年中だった。なぜ年中だったと覚えているかというと、その日は3月で一つ年上の子どもたちの卒園が近づいているころだったからだ。年長組の中には私の大好きな友達が何人かいて、彼らと離れるのは少し寂しかった。「寂しい」という感情を覚えたころだった。年長組の担任の先生は比較的年配の人で、彼女もその保育所から離れることが決まっていた。「もうお別れなので」と言ってその先生はみんなの前で日本舞踊を踊って見せてくれた。「さくら」の音楽に合わせて扇子とともに踊ったのだけれど私にはよくわからなかった。他の園児もよくわかっていなかったと思う。まだ誰の中にも彼女の踊りを評価するだけの物差しがなくて、どういう風に反応すればいいのかわからなかった。とりあえず「すごい」と思って拍手した、そんな記憶を思い出した。扇子が17年前の保育所の遊戯室での出来事と今日台南でチャイニーズオペラを学んでいる私を結んでくれたのだ。不思議な経験だった。

 

 衣装を着てみましょうということで、用意してもらった衣装にみんなで袖を通してみた。小柄な私が男性用の着物を着るとかなり袖が余った。先生に聞くと、チャイニーズオペラの衣装は袖はダルダルなものだという。基本は袖をまくっていて、踊っているうちに袖が手を覆うようになるけれどそういうものらしい。みんなで衣装を着て「主人公の男女が出会うシーン」をやってみた。たった1分ほどのシーンなのだけれどセリフが難しかった。元々中国語には声調で言葉の音程が決まっている上に、歌うようにセリフを話すからなかなか覚えられなかった。私は男性側の演者をしたのだけれど難しかった。そして照れ臭かった。ついついおどけて変な顔をしてしまう。それから次に女性の衣装を着て女性の位置で同じシーンをやった。チャイニーズオペラの世界では女性は男性に対してつつましくいなければいけないのだけれど、私の演技はオープン過ぎたらしく、テイク2をやらされた。演技をする間は違う人になり切れるのでとても気持ち良かった。

 最後にみんなで衣装を着たままで写真を撮った。なんか高校の文化祭みたいだなと思った。「レ・ミゼラブル」のガブローシュの衣装を着て女の子とツーショットを撮ったことを思い出した。

 

(※中国の古典的な舞台芸術についてはいろいろな言い方があるようなのですがここではチャイニーズオペラ、あるいはオペラとして表記しました)

 

 

 午後の授業はサーキュラーエコノミーについての授業だった。先生が循環型社会について経済学的観点からいろいろ教えてくれた。最初の方は需要と供給のグラフが出てきて、中学校の社会科を思い出して懐かしかったりした。でもあとの方になると専門用語が増えたり、英語を聞き取ろうとする集中力が落ちたりして、内容をつかめなくなってしまった。

 

 最後の中国語の授業はもう本当にわからないことばかりである。隣の子とずっと中国語に突っ込みを入れながら聴いていた。わからないことがあるとみんなすぐに質問する。先生は優しいからちゃんと答えてくれる。クラスメイトは大学で中国語を勉強をした子が多くてみんなよくできた。習った単語の発音を練習していると、向こうから声が飛んできて正しい発音を教えてくれたりする。日本人は繁体の漢字が少し読めたりするけど、発音は全く違うから難しい。逆にベトナム語には中国語と同じように声調があるらしくて、ベトナム人は発音が上手い。

 

 

 台北の友達が昨日と今日の二日、台南に出張で来ているらしくて、本当は放課後に彼女と会うことになっていた。ただ、彼女は急に台北に帰らないといけないことになってしまった。Messengerで「SORRY」みたいなメッセージが中国語の授業中に送られてきた。

 台湾人の友達がバスケに行こうというから日本人2人と台湾人2人でバスケをした。大学構内にバスケットボールコートがあって学生だけでなく一般の人もいてみんながめいめいにバスケットボールを楽しんでいた。バスケは苦手なんだけど久しぶりにすると気持ちよかった。汗がいっぱい出たけどそれも気持ちよかった。4人で2オン2をやって、疲れたらみんなでシュート練習をした。最後はゴールのしたに座ってみんなでお互いの国とか大学、言葉について話した。夕焼けがきれいだった。

 おなかのすいた4人は台南駅の近くの食堂に入った。店先に少しみすぼらしい犬と季節外れのクリスマスツリーがあった。店内には臭豆腐の匂いにあふれていた。私はかねてから食べたかった臭豆腐と麺にチャレンジしてみた。匂いは少し臭いのだけど食べると案外おいしかった。手作りだからか、おぼろ豆腐のような食感だった。豆腐好きの母親の影響で私も豆腐が好きなのだ。

 

 

 久しぶりに運動をしたせいで寮に帰るころには筋肉痛が出てきた。バスケをしてから汗でびっしょりになっていた服を脱いでシャワーをあびた。良く眠れた。