シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#18 なつみちゃん

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 靴擦れになった。ジャストサイズだと思っていたのに実際に歩いてみると案外ぶかぶかだった。靴ひもをきつく結んでもあまり効果がなかった。やはり安い靴には安い理由があるのだ。ワゴンセールとブランド名に踊らされてまた悪い買い物をしてしまった。

 

 始めて「くつづれ」という言葉を知ったのは保育所にいた時だった。たしか年中だったと思う。同じクラスのなつみちゃんが靴擦れになっていた。履いているスリッポンが足に合っていなくて、かかとのところが切れて赤くなっていた。保育士さんがなつみちゃんにバンドエイドを貼ってあげていた。私は初めて見る「くつづれ」に興味津々だった。「くつづれ」が起きる理屈がわからなくて大人に何回も質問した。保育士の先生を質問攻めにしている間に、バンドエイドを貼ったなつみちゃんは颯爽と鬼ごっこに戻っていった。

    なつみちゃんのお母さんのこともよく覚えている。お母さんが保育所にお迎えに来ると、彼女のところに子供たちが集まってくるのだった。なつみちゃんもお母さんも優しくてみんなに好かれていたのだと思う。

 なつみちゃんのもう一つの思い出は彼女のお母さんが白内障の手術をしたことである。手術前、黒目にある白い濁り——白内障は水晶体に濁りができる病気である——を見せてもらったのだけれど、確かに黒目の中にはっきりとした白濁があった。4歳の私にはかなり衝撃だった。

 ぼんやりとした記憶が正しければ、保育所で初めてできた友達だった。母が私を連れてその街に越してきた時、私は4歳になろうとしていた。初めて保育所というものに通うことになった私だが、はじめの頃は母と離れたくなくて毎朝泣いていた。本当におんおん泣いていた。母も辛かったはずであるが、働かなくてはならないから泣く泣く私を預けていたのだと思う。そんな私に最初に話しかけてくれたのがなつみちゃんなのだ。

 

 

 次第に保育所にも慣れて、友達もたくさんできた。遠足に行ったり、プールで泳いだり菜園でピーマンを育てたりしてたらそのうちに卒園式がきた。「みんなともだち~~♪♪ ずっとずっとともだち~~♪♪」みたいな歌を歌って、みんなそれぞれ小学校に進んだ。私がアルバムに書いた「将来の夢」はサッカー選手だった。当時日韓ワールドカップが大盛り上がりでみんなサッカーに夢中だった。ベッカムのツンツンにあこがれて床屋に行ったけど「ベッカムにしてください」と言うのが恥ずかしくて、結局稲本の髪型にしてもらった。だが鏡を見てもちっとも稲本ではなかった。稲本になるには髪色も変える必要があった。

 写真を撮られることが何よりも嫌いな子供だった。行事の度に大人は私の写真を撮りたがるけれど、どういう顔をカメラに向けたらいいのかわからなかった。「笑って」と言われる度に子供扱いをされている気がした。理由もないのになぜ笑わないといけないのか。写真を撮ることは別に笑う理由にはならないと思っていた。そんな気難しい性格のせいで当時の私の写真は数が少なく、硬い表情が多い。

 卒園式の後、みんなは担任の先生と一緒にツーショットを撮っていた。母に先生と写真を撮るか聞かれた時、私は断った。そのせいで奥田先生と私の写真は残らなかった。少し残念である。式の後、みんな思い思いにお庭での時間を過ごし、三々五々家に帰った。私たち仲良し6人組は親達と共に公園に集まって少し遊んで、それから別れた。

 私たち6人はこれから3つの小学校に分かれるのだった。私とリョウは同じ小学校に行くことになっていた。他の4人は別の学校に行くのだった。「同じ市内だし、いつかまた会える」と思っていたけれど結局リョウ以外とは最後まで会えなかった。その後、私はその街から引っ越すことになり、今に至る。リョウと最後に会ってからもう10年になる。隣の校区の住んでいたなつみちゃんとは卒園以来一度も会っていない。

 

 浪人の時に偶然なつみちゃんの名前を見かけた。大学別の模試の結果が返されて、文学部志望者の成績上位者のところに私の名前が載っていた。嬉しかった。続いて友達の名前を探していた私はそこに保育所の同級生の名前を発見したのだ。正直「なつみ」という名前もそう珍しいものではないし、彼女の苗字もありふれたものなので同姓同名の別人かもしれない。けれどもその名前を見つけた時、私は少し感動した。初めて見た靴擦れもなつみちゃんの足もいっぺんに脳裏からよみがえってきて、浪人生活で疲れた心が少し安らいだ。保育所やその街のことを思い出していると勉強が進まなくて、その日は早めに家に帰ったと思う。帰りの電車で夕焼けを見ながら、もしかしたら大学で保育所の同級生に会えるかもしれないという可能性をぼんやり考えた。勉強をますます頑張ろうと思った。

 

 頑張ったものの、結局第一志望のその大学には受からなかった。だからその模試の冊子に載っていたなつみちゃんが私の知っているなつみちゃんかどうかを確かめる術は潰えてしまった。入試に落ちたことはショックだったが、しかし、なつみちゃんの件に関して言えば少しほっとしたのも事実である。彼女はもう思い出だけで十分だと思う。

 

 その思い出がまた、靴擦れのおかげでよみがえったのである。靴擦れはお風呂に入ると少ししみた。