シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#17 1974年のワールドカップ

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 真夜中、昔のワールドカップの試合映像が流れていた。1974年のワールドカップ西ドイツ大会決勝、オランダ対西ドイツ。粗いフィルムの映像がなんだか懐かしかった。

 

 今とはルールが全然違っていた。キーパーはバックパスを手で触ってもよいみたいだった。西ドイツのキーパーは手袋をしていたけどオランダのキーパーは素手だった。観客の服も今のように統一感があるわけではなくて、みんな思い思いの服で応援をしていた。試合会場はミュンヘンだった。オランダにとっては完全にアウェイでオランダがボールを持つとブーイングが起こった。

 

 アナウンサーと解説者の人の話が面白かった。有名な試合だからアナウンサーも解説者も試合の結果を知っている。なんなら解説者の一人はその試合をリアルタイムで観ていたそうだ。みんなが結果を知っているのにわざわざ実況や解説をするというのが面白かった。44年も月日が経っているわけだから、試合そのものの話よりも、フットボールの歴史や戦術の変化や、少年時代にこの試合を観てどう思ったかなどを話していた。出場した選手のその後の人生について聞くのは楽しかった。

 

 オランダにはかの有名なクライフがいて、西ドイツにもベッケンバウアーがいた。有名な選手だけれど私にとっては昔の人だ。遠い神話の人物のようでさえある。有名過ぎてほとんど静止画や文章でしか見たことがなかった。クライフはトータルフットボールと共にサッカーに革命をもたらしたし。ベッケンバウアーリベロという役割の中で輝きを放っていた。確かにそれは知っている。でも全部本や雑誌で読んだ話だ。私は一度もプレイを観たことがなかった。

 

 1974年のカメラは選手一人にフォーカスしてズームアップすることはしない。それでも二人がチームの中心で、他の選手とはちょっと違うことがわかった。試合のリズムをコントロールするためにボールを落ち着かせたり、味方へ指示を出したりする振る舞いが他とは違う。解説者の山本さんが言う。「クライフのユニフォームは一人だけ違うんです。特注なんです」 そんな馬鹿なと思ったが確かに他のオランダ選手の袖にはラインが3本入っているのにクライフの袖には2本しかない。天才だから他と違うことをやりたがるのだろうか。それとも他と違うことをやりたがるから天才なのだろうか。いずれにせよ、そういうことを許容できるのはいいなあと思った。1974年だからなのか、オランダだからなのか。あるいはクライフだからだろうか。

 

 今とはサッカーの戦術やプレーの質や速さが全然違っている。ボールを持っていないチームのプレッシャーのかけ方が明らかに弱い。74年のサッカーではセンターサークル付近で簡単にドリブルができちゃったりする。オランダが開始1分ぐらいにPKで先制をするのだけれど、そのきっかけは中盤からドリブルで持ち上がったクライフが簡単にペナルティーエリアに侵入したプレイだった。

 

 高校一年生の時に「オレンジの呪縛」という本を読んだ。オランダサッカーのファンである著者が「なぜオランダはワールドカップで優勝できないのか」ということについて書いた本である。オランダサッカーの歴史はもちろん、第二次世界大戦の影響やオランダの国民性などにも触れていてとても面白い本だった。それまで、サッカーの本と言えば小野伸二の伝記とか練習メニューについて書いた本などしか知らなかった私はすぐにその本が好きになった。サッカーに関する著者の思い出がいたるところにちりばめられていてとても素敵だと思った。著者が取材をする箇所ではユーモアにあふれた文章で相手の元選手や元監督の性格を描いていて生き生きとした文章になっていた。あとで知ったことだけれど作者のデイビッド・ウィナーはイギリス人だった。彼のブラックジョークは育った文化によるものに違いない。

 

 「オレンジの呪縛」はもちろん1974年のワールドカップ決勝についても書いていた。オランダサッカーに魅せられたイギリス人の本だから当然西ドイツが悪者だった。「美しいトータルフットボール」を体現するオランダが何回もチャンスを作ってゴールに迫るも、守り抜いた西ドイツが下馬評を覆して優勝する、という風な書き方だった。

 確かに西ドイツは荒々しくも粘り強いプレーでオランダの攻撃を食い止めることが多かった。オランダはテクニックやパスワークで相手を交わすのだけれども、最後の1対1のところでは西ドイツの選手に負けてしまう。球際の激しさやぶつかり合いを見ると西ドイツの方が勝利への執念が強いように見えた。

 一方、攻めてばかりだと思っていたオランダも意外と長い時間、守備に奔走していた。そればかりか、前半だけを見るとゴール前のチャンスは西ドイツの方が多かったように思った。この試合についてオランダがどんなにすばらしいチームであったかということがよく話題になり、西ドイツが意外な勝利を収めたと語られる場合が多いが、この1試合を観ただけでは西ドイツは勝つべくして勝ったように思えた。

 

 ただ、その大会で印象に残るプレーをしたのはオランダ代表チームだったのだと思う。彼らの展開したトータルフットボールは観客をわくわくさせ、そのトータルフットボールの考え方をもとに、近代サッカーの戦術や考え方が生まれた。コンパクトなサッカーを目指したのはオランダ人だし、最初にオフサイドトラップを考案したのもオランダ人だった。

 

 過去のことについて語られる時に、過去のことが誇張して語られることはよくある。1974年ともなると我々の世代は当然知らないわけである。私の母ですらまだ幼稚園に通っていたころである。私が40年前の試合をそう簡単に観れるはずはないので、その試合について知るには誰かの話や感想を聞く必要がある。そうなると、自分でない誰かの感想をフィルターとするしかなくなってしまう。

 ここで書いておかないといけないのは第二次世界大戦中にドイツ軍に侵略された影響で西ドイツのことをよく思っていない人が多かったであろうということである。そういう人からするとオランダ代表やクライフは西ドイツの優勝を阻むヒーローだったのだと思う。

 

 今まで「オレンジの呪縛」を読んだり、様々な人がクライフについて語るのを聞いて、1974年の決勝ではオランダとクライフが素晴らしくて、西ドイツは棚ぼた的勝利を勝ち取ったのだと思っていた。でも実際に試合を観ると、印象は違った。こういうことは往々にしてあると思う。

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