シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#6私の中のあなたがムクムク

 

 根に持ちやすい性格である。何年も前に言われた言葉をずっとおぼえていたりする。家族がふと言った言葉に未だに苦しめられたりする。

 その時の状況とか会話の流れとかはほとんど思い出せないのだけれど、その一言だけは記憶の淵から簡単によみがえる。帰宅中の電車の窓辺、きつい仕事の最中、深夜にリビングのテレビの前で酒を飲むとき。私を傷付けた言葉たちが突然、あいつの顔とともに脳の中を浮かび上がってくる。そのたびに傷付けられる。悲しくても何もできずに、私はただ彼らが遠くに行くのを待つ。悲しさと腹立ちが残る。

 しかしその怒りを向ける先は、現実世界にはもうない。記憶の中の彼はもう今の彼とは違うのだ。人間は学び、変化していく。だから、過去に私を傷付けた彼と現在の彼はもう違う人になっていたりする。

 同様に、記憶の中の彼もどんどん変わっていく。何年もそういった記憶にさいなまれ、そのたびに憎しみが再燃するということを繰り返すうち、記憶の彼はどんどん悪者になっていく。悪者になってますます私を攻撃する。落ち込んだ私はますます彼を憎む。その人が本当に悪人であるような気がしてくる。その人のやさしさや、快活さも、人としての良さも知っているはずなのに、段々思い出せなくなる。私を傷付けた人として彼を認識するようになる。私の中で彼がムクムク成長してゆくのだ。たちが悪い。

 

 むずかしいのだ。現実世界のあいつも、記憶の中のあいつもどんどん変わっていく。そして当然、私も変化している。

 それが人生だとわかっていても、複雑である。学校や職場で何食わぬ顔で話すけれど、心の中には消化しきれないものが積もっている。関係が近ければ近いほど澱みは深い。関係が悪くなった時や口論になった時、たまった怒りがいつか爆発してしまうと思うと怖い。

 あの時傷付けられたことを穏便に打ち明けることができたらどんなにいいだろうか。でもそんなことはできない。傷などなかったかのように毎日を過ごさないといけない。 

 

 

 おじいちゃんが言うには、いい記憶も悪い記憶も、いつかは「そんなことがあったなあ」と思える日が来るのだという。楽天家のおじいちゃんとネガティブな自分はだいぶ性格が違うけれど、いつかそう思えるようになりたい。

 それから自分自身、相手を傷付けないようにしようと思う。せめて「あの時、あなたにこう言われ傷付けられた」と打ち明けてもらえるような人になりたい。