シゲブログ ~避役的放浪記~

大学でロシア語を学んでいました。関西、箱根を経て、今は北ドイツで働いています。B2レベルのドイツ語に達するのが目標です

#4妄想!シンギュラリティ!

 

 大学に入ると、AIだの人工知能だの、VRだの、そういう耳慣れない単語がにわかに聞かれるようになった。そういうものにとんと興味がなかったので、初めて聞こえてくる単語とそれについて話す人の多さにびっくりした。

 なるほど私の大学には工学部の学生が多かったし、AIの開発で有名な教授もいた。介護の現場から自動車の運転、気候変動の問題の解決まで、いずれはAIが全部やってくれるかもしれないのだ。AIの研究が人類の生活の向上につながるのだ。そんな未来にわくわくしている雰囲気をなんとなく感じた。

 周りにはAI研究にのめりこむ友達もいたし、文系だけどプログラミングを始めた友達もいた。AIに限らず、アプリの開発やビットコインといった新しいテクノロジーの開発に心躍らせる人がいた。

 私はそういったテクノロジーの発達や進歩はなんか違和感を感じた。友達や先輩がわくわくしているのを見て正直あほらしく思うこともあった。なんというかうまくは言えないけれどそれが本質だとは思えなかった。もはや便利な道具ではなく人間を弱くしてしまう道具のような気が漠然としていた。

 手塚治虫の漫画「火の鳥~未来編~」の中で人々がすべての決定を人工知能にゆだねたがために人類は絶滅する描写がある。私は小学生の頃読んで私は衝撃を受けた。その衝撃はかなり長い間続き、私はいろいろ考えた。こんな未来は来てほしくないと感じ、小さい私なりに思いつめた。

 人工知能の話題がにわかに盛り上がってきた時、私はそのシーンを思い出した。そして、開発に目を輝かせている人間に対して危機感や恐怖を感じたのだ。

 

 「正直な話をするとね、もうすべての職業がなくなっていくんだよ」

 お酒の席で工学部の友達がそんなことを教えてくれた。ニュースやなんかでAIの発達によって人間の仕事がなくなっていくのはなんとなく知っていたが、世間一般の人がそうであるようにやはり実感がなかった。「もう映画とか音楽とか小説もAIが作るようになるんだ」ハイボール片手に彼が熱っぽくそう言うのを、お酒でとろんとした頭で聞いていた。「そんな研究楽しいのかよ」ときいてみようかと思ったけれどやめた。酒を飲んだ頭で議論はしたくない。ただ、芸術の分野までAIが進出するのは意外だった。少し悲しかった。でもあり得ないことじゃないなと思った。

 

 そんな世界が本当に来てしまったらどうしよう。「火の鳥」を読んだあの日と同じように、私は家に帰る道中ずっと考えていた。「AIに仕事を取られないように自分にしか見つけないといけない」とそんな風に考えていたけれど、彼の話を聞いたところ、どうもそれだけではだめなようだった。もっと人間にしかできないことをできないといけないみたいだった。「じゃあ自分にしかできないことって何だろう」十三駅で電車を待ちながら考えていた。仕事とか就職とか将来のことを考えると頭が痛くなりそうだった。でもそのうち空想は、自分の将来から、AIが世にあふれた社会のことへと移っていき、すこし楽しくなってきた。

 

 いつかAIの貿易とかが始まるのだろうか。500年ぐらい前にヨーロッパ人が黒人奴隷の貿易を始めたように、AI三角貿易のようなものができたり、貿易摩擦でもめたりするのだろうか。アップル製のAIソニー製のAIの間に対立が起きて戦争や差別が起きたりしないだろうか。戦局が厳しくなると爆弾をかかえたまま自爆攻撃を仕掛けるAIがでてこないだろうか。殺人を犯したAIに対して最高裁が死刑判決を出して、それに抗議したAI達が一丸となって駅前で署名活動を展開して政治家の協力でAI基本法のようなものができるのだろうか。目の前の未来に希望を抱けない若いAIの自殺数が急増したりしないだろうか。やはりAIもいずれは人間の不完全さや感情にあこがれたりするのであろうか。あるいはカップルのどちらかがAIだったりするのだろうか。

  AIの彼女か………。文学の知識が豊富なAIなら、小説とか詩の会話が思う存分できて楽しいかもしれないな。

 

最寄り駅に着いてもアルコールで軟化した脳は妄想をやめなかった。ああでもないこうでもないと空想するのは楽しかった。北極星がきらきら光っていた。

そうこうしているうちに家についた。日付はもう変わっていた。布団に入ったところでやっと妄想がおさまって眠りについた。