シゲブログ ~避役的放浪記~

日々の些細な出来事、昔の思い出を書いていきます

#2放浪記とブログ

 

(#1のつづき)

 

 浪人時代も終盤に差し掛かる。夏が終ると瞬く間に秋がすぎた。冬にはいると冬期講習が始まった。冬期講習は授業が毎日あるわけでないので、僕は家に引きこもりがちになった。そうすると早寝早起きのリズムが崩れて勉強時間がすくなくなり、焦って精神的にしんどくなった。だいたいそういう時は「気晴らし」とか「散歩」とか理由をつけて古本屋にいくのだけどその時も例にもれずやはり西北のブックオフに行った。12月中旬だったと思う。

二階の新潮文庫のコーナーでなんと「放浪記」を見つけたのだ。じつは文庫は新潮文庫を贔屓にしているのだけれど、新潮文庫に「放浪記」があるとは思ってもいなかった。古典だから茶色い背表紙の岩波文庫にしかないと思っていた。

 9月を過ぎてから浪人生活中に受験に関係ない本を読むことは自分に禁じていた。だからその日は買うだけで、家に帰っても読まなかった。値段は350円ぐらいだったと記憶している。

 ちなみにその時一緒に買ったのがウマル・ハイヤームの詩集「ルバイヤート」である。これは世界史の文化史のところで出てくるので勉強になるかなと思って買った。アラビア語からの翻訳(しかも古い日本語での翻訳)なので詩集自体は面白さを感じれず結局読まなかった。ただ付録の解説だけを読んで今も本棚の奥にそのまま積んである。試験のために買ったけれどウマルの名も「ルバイヤート」もついにセンター試験でも二次試験でも出なかった。

 

 長い間積ん読を守っていたが、結局センター試験が終わってから「放浪記」に手を伸ばしてしまった。「放浪記」は長いから読み切ることをあきらめたけれど、一度本に手をだすとたががはずれたように読書欲があふれてきてしまった。「こころ」や森絵都の「永遠の出口」、キングの「スタンドバイミー」などを寝る前に何時間も読んだ。読書をして寝ると不思議と寝つきがよかった。

 二次試験前の読書。これが志望校におちた二番目の原因だと思う。ちょっとだけ後悔している。一番は漢文のマークミスである。

 

 二月の末に前期の試験があった。終わってから勉強を全くしなくなった。受かった気でいたからもう何もしなくていいと思った。後期試験にむけて何もしていないくせに結果が気になって気が気で眠れなかった。本当になにもできなくて、電車にのっても予備校にはいかず、定期でいける範囲の阪急沿線を歩いていた。怖かった。はやく結果が知りたかった。

結局前期はダメだった。前期の結果発表の三日後に後期試験をうけた。感触は最悪だった。

 

 部屋で寝ころんで天井を眺めていた。滑り止めで受けた私大にいくのかとなんとなく思った。伯父は「私大しかだめだったらもう一年だな」とか勝手なことを言ってたけどもう一年浪人する気などさらさらなかった。しんどかったし、できる範囲のことはやり切ったと思っていた。一年間、一つのことに取り組んだというある種の達成感がすがすがしかった。

 

 とっておいた放浪記を読み始めた。「私は宿命的に放浪者である」という文章を読んで泣いてしまった。200ページばかり読んで、自分もこんな文章を書きたいと思った。林芙美子の才能がうらやましかった。悔しかった。

 

 翌日は梅田に高校と浪人を同じく過ごした十人ばかりで焼肉を食べた。和気あいあいとした雰囲気で楽しかったのだけれど自分の中で一つの時代が終わった気がしてなんとなく寂しかった。

 家に帰って昼間に買ったノートに日記をつけ始めた。2016年〇月〇日。そうして僕はぼくなりの放浪に出た。

 

 このブログではそうした僕の放浪の思い出を書いていきたいと思う。2016年の4月に日記をつけ始めてからもうすぐ二年がたつ。そうした思い出を自分のためにこのブログにまとめておきたい。